123話 血縁②

「うん……血がつながってないこといつか伝えなければいけないよね。もしかしたら何かの拍子で教える前に知っちゃうかもしれない。でもそれを伝えるのはこんなわがままを言っている私。私から言う。もし、結がそれを耳にして落ち込んだりしてたら、結がしっかり前を向けるように……私と協力してくれる?」

「なんでもするよ」

「以外にクールに、そんなの最初から知っていたけど何か? みたいなこともあるかもしれないけどね」

「確かに、連れ子再婚なんて今はよくあるからね。結構早くに気が付くかもね」


 遥さんは背筋を一度伸ばしてから俺の方を一直線に見る。

 しっかりとした意思を持った瞳に吸い込まれそうになるほどの真剣だ。


「考えが甘いは分かってる。本来なら私たち二人でどうにかしなきゃだめなこと。でもこの世の中を、社会を、結と二人で生きていけるほど甘ちょろくない。どうやったら結が不自由ない生活をして、つらい思いをしないで、毎日お腹いっぱいにさせてあげられるか、幸せにしてあげられるか。私ひとりではできない。でも、あなたとならできる。結の幸せを、結の未来を一緒に見守って欲しい。お願いします。結を世の中に出すまで甘えさせて下さい」


 そして、柔らかな笑みと優しい口調でこう言った。


「結のお父さんになって下さい」


 その一言がどれだけの重みを持っているか、彼女の口からその言葉が出るまでにどれほどの時間悩み、考えたのだろうか。

 遥さんと過ごした時間が俺をそのようにしてもいいと認めてくれた。

 そして結ちゃんもだ。

 結ちゃんも一人の人間だ。

 人間である以上は合う合わないがあるが、彼女の小さな瞳を見るときっと俺のことを認めてくれていると思う。

 結ちゃんは一人では経験することができない多くのことを経験させてくれたし、かけがえのないものを得た。

 結ちゃんの笑顔と幸せをより近くで守るために息を吐いてから遥さんに伝える。


「本日付けで代行は終わりだね」

「ということは?」

「結ちゃんのお父さんになるよ。若くて頼りないかもしれないけど」


 その瞬間、遥さんは大粒の涙を流しながら膝から落ちた。

 俺もしゃがんで肩を持って支えると遥さんはこっちを向いて顔を見せてきた。

 その顔はホッとして、そして嬉しそうにしている。

 依然として涙は止まっていないが、それは彼女にとっていい涙なのだろう。



「大丈夫?」

「うん、断られたらどうしようって思っていたから。ドキドキがとまらなかった」

「そう? でも断られると思ってなかったでしょ」

「えへへ。でも不安だったよ」


 しばらくして落ちつくと膝に着いた土を払いながら立ち上がった。

 そして結ちゃんを持ち上げ二人で俺の方を見る。


「じゃあ、今から結のことは結って呼んで。ちゃん付けはもう終わりで」

「結」

「あ~う~」


 何が起きているか分かっていないだろうが、彼女なりに変化を感じ取り、返事をしてくれたのかもしれない。


「慣れないかもしれないけどよろしくね」

「結、頑張るよ」


 そのとき結がガサゴソ動き始めた。

 機嫌が悪いわけでも泣き始めるわけでもなく、むしろ笑顔で嬉しそうだ。


「結も、お願いしますって、お父さんに」


 結を俺の顔まで近づける。

 そして頬に温かくて柔らかい唇が触れた。

 潤いがいっぱいの唇はまだまだ弱い存在で守らなければならないと思わせる。

 

「お父さん、よろしくね」

「う~。あ~」


 結からはやはりミルクの匂いはしなかった。

 結の匂いが一緒に暮らしているうちに、これが日常のものとなり慣れてしまったからだろうか。

 結との生活における匂いが染みついて、同じになってしまったからだろうか。

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