121話 分岐点②

「そもそもさ、私たちが現れただけで人生変わったでしょ?」

「うん、変わった。間違いないね。百八十度変わった。もういきなり、予告もなく」

「私たちが来てからどうだった? 私と結は本当に幸せな毎日を送れていたよ。優さんにとってこの時間ははどうだった?」


 遥さんと結ちゃんが来てからの日々過ごす時間。

 どうだったかなんて、そんなの決まっている。

 彼女の澄んだ目を見ながら簡潔に答える。


「楽しかった。いつまでもこの時間が続けばいいなと思っているよ」

「じゃあ話が早い。結のこと、好いてくれているでしょ? まさに自分の娘のように」

「うん、大好きだよ」

「見ていたら、癒されるし、時にハラハラするでしょ」

「うん。動いただけでヒヤヒヤするね。冷や汗が止まらなくなることもある」

「この一か月で成長したなって思っているでしょ? 一か月もつらいこともなく、暖かい場所で過ごせたからさ」

「体重も増えてきたよね。手とか足とかも動かす時間が多くなってきていて見ていて飽きない」

「これからの成長を見ていたいと思うでしょ?」

「ずっと見ていたい。成人式で振袖姿の結ちゃんを見てみたいね。二十年後かな」


 二十年。

 今まで俺や遥さんが生きてきた時間を結ちゃんが過ごせばあっという間に二十歳となる。

 もっと言えば、今や十八年間で成人してしまう。

 きっと俺たちよりも大人になるための時間が短いから、その十八年間は濃いものにしなくてはならない。

 日常生活や学校における活動や勉強。

 その日々を、ときに暖かく、ときに影から見守るのが親の役目。

 親は太陽にも月にもなれる存在なのだろう。

 目の前の、たった一つしかない尊い命のために。

 それを必要としなくなるまで結ちゃんのことを見たい。


「結が恋愛したら泣くでしょ? 彼氏ができたらショックで寝込むでしょ?」


 もしかしたら、いや、きっと中学や高校の青春時代に恋愛も経験するだろう。

 結ちゃんがガサガサ動き、遥さんが肩をポンポンとして笑っている。

 二人には俺の今表情がどうなっているのかが鮮明に分かるからである。


「顔色悪くなってるよ? そんなに結が男に取られるのが嫌なの?」

「ああ。言っちゃ悪いが、母親がそこそこ波乱万丈な恋愛経験をお持ちだからとても心配だ。変な男に捕まったら大変だ……うっ」


 そういうと頬を膨らませて軽く俺の頬をつねった。

 その顔があまりに面白かったのか結ちゃんが大きく笑顔になった。


「一言余計だよ〜。私のその経験がなければ優さんも結に出会えなかったんだよ」

「はい。すいません」

「なんてね。大丈夫だよ。その過去があってこそ今こうしていられるから」

「そっか」


 彼女の綺麗な手はつねるのをやめて手のひらを俺の頬をさすっている。


「痛かった?」

「まぁ、そこそこ」

「でも、なんか嬉しそうだったよ」

「そんなことはない」

 

 遥さんは俺が抱えている結ちゃんを抱きかかえた。

 そして小さな頭を壊れるものを触るかのように優しく撫でる。


「最終的には結の幸せのためならと思って許すでしょ? 結が選んだ人なら」

「俺がしっかりと見定めてからな。本当に結ちゃんには悲しい思い出は作って欲しくない」

「頼むよ~。しっかり見てあげてね」


 結ちゃんをキュッと強く抱きしめて改めて俺の目を見る。

 ここまで言われれば彼女が何を言いたいのかもう分かる。

 それに対しての返事も決まっている。

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