157話 何してんの?②
頭上の電灯が遥の皮膚を照らし、身体の外見的構造がはっきりと見て取れる。
「遥。今、どういう気持ち?」
「わからないよ。でも、優には最後に綺麗なままの私を焼き付けて欲しい。感じて欲しい。最初で最後だよ?」
自分の胸にある俺の手の上の彼女自身の手を動かしてくる。
こんなことしたくないし、するべきではない。
俺のためにも遥のためにも。
俺は少し大きな声で彼女の名前を呼んだ。
「近藤遥」
彼女はまだ正式には近藤の姓ではない。
特段どちらの姓がというわけではないが、彼女自身が持つ姓を気に入ってはいないようで、近藤を好んでくれている。
そう呼ばれた、彼女は我を戻したかのように視線をこちらに定めた。
「近藤遥。深呼吸して」
自分の名前を呼ばれた遥は言われた通りに深呼吸をして、ようやく落ち着き始めた。
「ねぇ、遥。今、楽しい?」
「……楽しくないよ。お金のために知らない人と寝て、自分の体が汚れる。だからその前に優としようなんて理由、本当は嫌だよ」
「他の人とするのはもちろん嫌だろうし、今こういうことしたくないでしょ。遥、こういう事にいい思い出ないんでしょ。自暴自棄で俺とまで楽しくない思い出にしたくないでしょ。こういう事も楽しい思いのほうがいいんじゃないの?」
「……うううう。うん」
たった一言二言話しただけで彼女は納得感を得てくれるほど純粋で、それがときに脆く、ときに武器にもなる。
跨る彼女は涙を拭いながら少しだけ頭を下げた。
「こんなバカして、ごめんなさい。結の出産費用、貸してください」
「わかったよ。初めから言ってたらこの会話だけで済んだんだよ」
たった一言いうのにも勇気がいるだろう。
彼女が背負って来た責任は、何と比べることもできないものがある。
「すぐに言ってあげればこんなことしなくて良かったのかなとも思い始めてる」
「うん。優が悪い。知っていたのなら、しっかり私に対しそうしたらて伝えてよ。こんなことにはならなかった。でも、自分で気が付いて良かったかも。信じて待ってくれてありがと」
無理やりにでも彼女に対して状況を説明させることもできただろう。
しかし、それは彼女のためにならない。
自分から気が付き、行動に移さなければ淘汰される世の中だ。
その行動が、予想の斜め上に行ってしまっただけ。
俺は壁に掛けてある時計に目をやった。
「俺、遥のこと信じてたよ。自分で考えて、頼ってくれるって」
「うん。嫌だよ変な気持ち悪い人とするなんて。好みのイケメンでも無理。よかった
思いとどまって」
一件落着というような空気感が流れるが、これで終わりというわけにもいかないのが実情だ。
ここで話し合っていても、彼女の重荷を下ろすことはできない。
「ちゃんと思いとどまることが出来た遥」
「なに?」
「今週末、金土で……行こうか?」
「行くってどこに?」
目を真っ赤に腫らした目を擦り、問いに対する答えを待つ遥を見ていると、やはり共に生きたいと思わせるような存在だ。
彼女も大人であることは自明のことだが、大人のような余裕は一切なく、苦しそうに生きている。
言葉を選ばずに言うと、生きることが不器用だ、絶望的に。
彼女は誰かに手を取ってもらって初めて生き生きと過ごすことができる、そんな性格なのかもしれない。
誰かとは誰か? 近藤優だ。
「ちょっと早めの新婚旅行。場所は宮城県仙台市。料金を耳揃えて堂々と支払いにいこう。そうしたら遥が縛られるものはなくなるから」
遥が行かなければならない場所は国内。
彼女が楽になれるのなら今にでも行ける距離だ。
なら、行くしかないだろう。
ただそれだけのことだ。
同じ匂い、見る景色、過ごす時間 りり丸 @riri-3zuu3
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