116話 公園
近くの公園に行くと早咲きの桜が俺たちを迎えた。
桜の花びらがひらひらと落ちてとても幻想的である。
落ちた花びらが結ちゃんの額に優しく乗った。
不思議そうにしているが嫌がっていないようでとても上機嫌である。
初めての日本の春を体験している結ちゃんにとって、この春は特別だ。
これから何回もこの季節の桜の匂いを感じるかもしれないが、今年の春は今年しかないのだから。
遥さんは桜の木の下に歩を進め上を向く。
その姿に吸い込まれるようにして見てしまう。
「天気よくて良かったね。結も桜は初めてだからね。いいね」
「綺麗だね」
そういうと振り返って悪戯顔を含んだ笑顔で聞いてきた。
「それは何に対して? 桜が綺麗なのか、桜と私が綺麗なのか? どっち?」
「それは……」
「今、結構面倒な女だな、って思ったでしょ?」
「それは知ってるから、大丈夫。桜を見ている遥さんが綺麗なんだよ」
「よろしい。満点の解答だよ」
満足そうに遥さんは落ちた桜の花びらを拾ってそれを空中に撒いたりして遊んでいる。
彼女はしばらく遊んでいるとベンチに座った。
隣の席をトントンとして俺を座るように促し、それに従い彼女の隣に座った。
楽しそうにしていた雰囲気が一変して少し気が張り詰めたような気がする。
それでも、柔らかい表情は変わらなかった。
そしてぽつりぽつりと言葉を紡ぎ始めた。
「優さん。あなたと出会う前日はこの公園にいた。まだ真冬だったから寒かったよ。でね、前の夫と別れた直後にいたのも公園だった。もちろんこの公園ではないけれど、こんな風にちょっとしたベンチと遊具があるような公園だった。私の、私たちの長い旅は公園から始まった。どうしたらいいのかも分からなくて、生きているのも嫌になるほど追い詰められていたけど、なんとかここまでたどり着いた」
穏やかな風が肩までの綺麗な髪の毛を静かに揺らす。
彼女の髪の毛から放つ優しくて甘い匂いが舞う。
「もう、お金もなくて誰にも頼れなくて。あの時の私に伝えてあげたい。今はこんなにも幸せだよって」
結ちゃんの頬を触りながら彼女は続ける。
触られた結ちゃんは嬉しそうに笑みを浮かべている。
「結も幸せだと思うよ。ちゃんと屋根がある場所で、あったかくて普通に泣き散らしていい場所にいられるなんて」
彼女はこっちを向いて柔らかい笑顔を見せた。
「だから、私たち二人の旅を終えようかなって。そう思って今日はここにいる」
「終わり?」
「うん。終わりにする」
心地よい日差しと桜の花びらが遥さんと結ちゃんの旅の終わりを見守っている。
その場にいる俺も彼女たちの決意をしっかりと見届けることになる。
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