155話 言えない

 私がお風呂から上がると近藤優は帰ってきていた。

 彼の様子を見るに、丁度今帰ってきたようであり、私が今まで何をしていたか気が付いていないようだ。

 放置していたパソコンや雑誌を見て隠し事がバレる可能性に気が付いたが自然と慌てることはなかった

 自分の心がちぐはぐしていて、気づいてほしいという心の奥の叫びに蓋をして彼に接する。


「おかえり……」

「ただいま」

「お風呂抜いてないよ、食事にする?」

「食事にしよう」


 なんでもない会話が今は辛い。

 食事中も会話は続くが上手く笑えていないように感じた。 


「ごちそうさまでした」

「おいしかった? 優」

「おいしかったよ」

「そっか」

「何? どうかした?」

「何でもない」


 食事が終わったが伝えることが出来ない。

 伝えようとすると声が出なくなる。

 見知らぬ人に汚されることを想像すると、優と結の笑顔まで侵食する気分になる。

 寝る時間になるとになると、優は結を連れて布団に行った。

 夜中になって優が寝たと感じたら、音を立てずに布団ごと結をリビングまで移動させた。

 小さい声で結に話しかけた。


「結。ちょっとごめんね。ここで待ってて」


 部屋に戻ると優は仰向けで寝ている。

 優は私を綺麗と言ってくれた。

 すごくうれしかった。

 彼は私の体を思いやってくれて、そういうことを絶対しない。

 きっとそういうことを彼とするのはまだ少し先だろう。

 見知らぬ誰かに汚される前にこのままの、綺麗な私を見せてからそういう手段に出たいと思う。

 私は上のパジャマのボタンを一つ一つ外して脱ぎ捨てた。

 そしてズボンも下着とともにゆっくりと脱いだ。

 彼に見られることに恥ずかしさはない。

 ただ今日で最後かもしれない。

 彼の目にはその後の体を目に入れさせたくない。

 なぜなら、自分が思う稼ぎ方をしたあと、自分の体は汚れてしまっている。

 こんな形で、こんな気分では優としたくなかった。

 そんな後悔を目に溜めて彼が寝ている布団にそっと跨り、顔を近づけた。

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