132話 関係②

「あと、遥と結の母子手帳を見せてもらったとき、過去の空白を埋めることはもうできないけれど、これから埋める部分は欠けることなく埋めたいと思った」

「あはは……空欄ばっかだもんね」


 見られたくないようなデータがあるかもしれないからたとえ夫でも見せたくないケースもあるだろうが彼女は躊躇うことなく見せてくれた。

 遥はお金をギリギリまで削っていたからほとんど病院に行かずに結を産んでいる。

 結が生まれてからすぐの医師が記入する欄ぐらいしか埋まっていなかった。


「俺が親になったからには結の検診はもちろん予防接種は一回たりとも逃すことなく受けてもらう。既に結は二か月になっている。おそらく注射は始まっていると思う」

「できるだけ一緒に来てよ。暴れる結を抱えるのは優の役目だよ。母子手帳渡しておくから、優が管理してよ。この間も病院行くときに忘れたからさ」


 このように遥は自分のプライバシーが筒抜けだ。

 それだけ信頼してくれているという事なのかもしれない。


「その時はまだ優はお父さんじゃないのに……今も厳密にはまだ違うんだけど、結のことを一歩も二歩も先のことを見てくれていたんだね。私は自分のことで一杯一杯なのに」

「気持ちは分かるけど時間は待ってくれないから。こう話している間にも成長は加速している。俺も頑張るから」

「一緒にがんばろうね。結はもう私だけの子供じゃないから。共に支えてくれる人が出来たから。私ももっと頑張れそう」


 そう言うと背中をバシッと軽く叩かれ、そして肩を掴まれて彼女は鼓舞してきた。


「頼むよ、お父さん。結が中学校、高校卒業するまでは休めないよ」

「結が中高生。反抗期真っただ中だな」

「うん、そうだね」


 結がもっと大人になった時のことを想像すると、荒れた反抗期を思い浮かべた。

 制服を着崩して、物に当たり、こっちを睨む結が浮かんできた。


「クソじじい、臭い。どっか行け。話しかけるな、同じ空間にいるのが嫌だって言われるのかな? クッション投げられたりするのかな?」

「なんか嬉しそう? そうやって当たられるの好きなの?」

「そんなことないよ。こう見えてもメンタル弱いよ。多少の八つ当たりぐらいなら耐えられるけど。流石に、無視されたり、目の前から消えろ、気持ち悪い、死ね、この世から消えてくれ、とか言われたら悲しいかもな……」


 娘が父親に当たるのなんてあって当たり前だろうから今の内から覚悟はしている。

 しかしいくら親でも言われたら嫌なことはあるし、悲しいものは悲しい。

 ただ我慢して収まるのを待つしかないというのもまた反抗期の対処法なのかもしれない。


「同じ風呂、トイレ使いたくない。外にいろ。家に帰って来るな。金だけ稼いでくればいいんだ。頼むからいなくなってくれ。同じ空気吸うのも嫌。用があっても連絡するな。一緒に飯を食べたくない……」

「どれだけ想像してるのよ。大丈夫だよ」


 遥は俺の頭をポンポンと撫で、顔を見ると彼女は親の顔ををしている。

 彼女も結のは反抗期を思い浮かべたのだろうが目が笑っていない。


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