119話 休憩

 遥さんの姿を目で追うと公園の出口の真向かいにあるコンビニに向かっているのが見えた。

 結ちゃんを置いてどこかへ行ったりしないことは理解している。

 数分後に彼女は冷たさそうなものを持ってベンチに戻って来た。

 そして少し舌を出して片目を瞑って自分の頭にグーを乗せてこういった。


「てへ、戻ってきちゃいました」

「だって、荷物置きっぱなしだから。結ちゃんここに居るし」

「あっ、バレてた?」

「うん。詰めが甘いね」

「あっ、手袋返してね。大切な宝物だから」


 彼女に手袋を渡し彼女は隣に再び座った。


「手袋預けるの、必要だった?」

「ん-。心の中の区切りとして大事かな。はい、アイス」


 初春のまだ寒いのにもかかわらず彼女が購入したものはアイス。

 一つで二人分のアイスが入っている種類のものだ。

 それを彼女が分離させ一本を渡してきたので、それを受け取った。


「ちょっと糖分補給しよう。喋りすぎて疲れちゃう」

「ビックリだね~。さっきまで汗だくだく、今にも吐きそうな顔をしていた人がアイス食べようとは」

「えへへ」


 彼女にとって重量級の話であったからきっと休憩が必要なのであろう。

 寒さを感じさせない食べっぷりで、彼女らしさが印象的である。


「そういえば、遥さん。俺、行ったことないからね、そういうお店」

「知ってるよ。この間言ってたでしょ?」

「女の人が居るお店っていってたからキャバクラと勘違いしてた」

「確かに、言葉足らずだったね。優さんが行ったことないことは分かるよ」

「そっか」


 共に食べ終えたところでゴミを捨てるために彼女からごみを受け取った時に彼女の手が触れた。


「ゴミ、お願いね」

「うん」


 それをゴミ箱に捨て終えて戻ると俺は遥さんの手を握った。


「まだ寒いのにアイス食べるからこんなに冷たくなっちゃうんだよ」

「でも、こうやって握ってもらえると思ったらラッキーだよ」


 冷え切った手の温度が徐々に戻ってきている。

 彼女の手が俺の手を握り返して来た。


「優さんが冷たくなっちゃうから。ぎゅっと握るよ」

「ん。ありがとう」


 少し時間が経つと手を離し互いの顔を見合う。


「さて、休憩終わりにしようね。お話の続きしてもいい?」

「いいよ」


 少しだけ緊張しているようにも見えるが、それは嫌な緊張の仕方ではないと感じる。

 遥さんは一度小さく息を吐いて、自分の顔をパンパンと気合を入れた。


「今までの話は私の始まりの話をしました。そしてここからは結の母親としてお話したい……」

「ギャー、ギャー」


 そう言ったところで俺が抱っこしている結ちゃんが泣き始めた。

 彼女も俺らが食べている姿を見てお腹が空いたのだろうか。

「あはは」と笑う遥さんに結ちゃんを渡してから彼女はこう言った。


「じゃあ、優さん。休憩時間を延長で。いや~、大事な話をしようって言うのにやっぱり締まらないね~」


 カラカラ笑いながら彼女は周囲に人もいないかから軽く服をたくし上げて結ちゃんに授乳を始めた。

 彼女の今日の洋服は前にボタンがついていないからだろう。

 アイスといい遥さんはあまり季節を感じさせない。

 タオルを彼女に掛けて、苦笑いをして彼女に話しかける。


「まだ三月だよ。ここ、外だから、誰かに見られたら嫌でしょ?」

「ありがとう。そういえば最初の時もこんな感じでタオルを貸してもらったよね。何にも成長してないね、私」

「まぁ、そんなもんだよ、人間は」

「楽しいね。この時間」


 大事な話を始める前にアイスを食べ始めたり、何にも成長していないことを面白がったりしている。

 つらくて苦しい姿よりも緩くて締まらない、マイページで純粋な遥さんの方がよっぽどいい。

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