90話 布団②
「なんかわからなくなった。不安なんだけど、今は幸せ。数週間前までは格安ホテルとかカラオケとか公園とか子育てするにはとてもじゃないけど適している環境じゃなかったのに、こんなに幸せな環境にいていいのかなって」
「俺が許可しているからいいんじゃないの?」
「でも、社会的によくないんじゃないかな……身元も分からない女と子供おいてさ……」
「それは……確かに。保護者同伴だからいいと思ってたけど……遥さんが成人していることが救い……なのか?」
「そうだよね……ごめん」
「まぁね。そのリスク分かったうえで置いてる。家主の俺の責任だ」
他人の二人をこの家に置くことにリスクは何度も何度も考えた。
遥さんはいいと言っても社会がどのように捉えるか分からない。
でも二人をここに置いたのは俺の決断だし、それは間違っていなかったと断言できる。
「そういえば、遥さん。母子手帳見たよ」
「どうだった?」
「最初に会った時、数日は病院って言ってたよね。本当は一日とか?」
「バレちゃった。入院はしてない、日帰りだよ。早く出してくれって言って。でも退院許可出せないよね。でも、どんどん費用が膨らむ。夜だったし、土日だったかな? 予約しないで突然行って、対応してもらったから、部屋開いてなくてさ。高級そうな個室に入れられて。色々、処置とかもあったりしたから。お金が飛びそうで飛びそうで。だから、痛かったしボロボロだけど。お医者さんの白衣掴んで退院許可を今すぐ出せ、私は大丈夫だし、ちゃんと面倒は見られるからって。看護師さんに請求書持ってこいと。で、今はお金ないからって、後日払いに行くことにして……音信不通にしている」
「そっか、体、大丈夫?」
「もう、元気だよ。ここでしっかり休めたよ」
彼女は本当に短時間しか病院にいなかったようだ。
こんなことが認められるのかはわからないけれど、現に遥さんはそういっている。
彼女は俺に強く抱き着いてこう言った。
「優さん、ごめんね。これまで苦労かけて」
彼女は申し訳なさそうにしているが、そんなことを気にする必要はない。
「遥さん、顔を見せて」
すると遥さんは布団から顔を出し、枕に頭を載せた。
一緒に過ごしてきた中で一番近い距離かもしれない。
暗いのにまつ毛の長さが目に見えるくらいだ。
「大丈夫だよ。二人が来ていいことしかなかったから。たくさん勉強したし、思い出も作ったし。これからも作りたいよ」
「なんで私たちにこんなに優しくしてくれるの?」
「う~ん、なんでだろうな……ただの自己満足なのかもな」
「それでも、こんなにお金も使って。自己満足でできる領域超えてるよ」
「二人が好きだから……かな」
何気なく放った言葉に彼女は目を潤ませ始めた。
何を思って、何を感じたのかは本人にしかわからない。
「遥さんひとりでも結ちゃんひとりでもない、二人セットが好きなのかな。だから縁あってこうしている。これからもするよ」
遥さんは手首をはなして手を握ってくる。
指を絡めたから彼女の手の温度がより伝わる。
「なにか……してほしいことない? 欲しいものとか」
「何かしてくれるの?」
「それを聞いてるんだよ。どう?」
「してほしいこと……欲しいもの……」
「うん……何かない? 私ができることある? どんなことでもいいよ」
「……ちゃんと毎日起きて顔を見せてくれればいいよ」
小さい豆電球しか灯っていないが彼女の顔はとても嬉しそうにしている。
毎日朝に顔を見ることが出来る幸せを彼女はきっとここに来なければ手から溢していただろうし、俺も忘れかけていた。
「……そっか。今のセリフかっこよかったよ」
「キュンですか?」
「キュンですね」
中学生が使いそうな言葉を使ってみたがが使ったこともない言葉で使い方があっているかわからない。
「じゃあ、明日もちゃんとおはようって言うね」
「お願いします。遥さん、結ちゃん」
二人にこの家でして欲しいことはただ一つ。
健康で楽しい一日一日を積み重ねること。
その後少しの間沈黙の時間となり、俺は目を閉じた。
そして俺の顔の近くで何かが聞こえた。
「優さん、一緒に結を……」
意識もあやふやになり始めて遥さんが何を言ったか分からない。
抱き着かれている温かみが夢の中へと誘った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます