89話 布団①

 遥さんは入浴を済ませた後、少し休んでから就寝の準備に入った。

 いつものように隣に遥さんの布団がある。

 今日は長い長い一日だったが無事に今日という日を終わらせることが出来そうだ。

 生まれてから慣れない環境で落ち着かない日々を赤ちゃんなりに送っていたみたいで疲れてしまったようだが、今では結ちゃんは落ち着いている。


「疲れたでしょ? バタバタして。今日ぐらいはどっか別の部屋に移ろうか? 遥さんも俺がいたら落ち着かないでしょ」

「嫌だ、一緒がいい。みんなで寝ようよ」


 遥さんは俺の目をまっすぐ見て言った。


「いいけど」

「私は大丈夫だから」


 遥さんは横の結ちゃんの額に触ってから自分も布団に入る。


「熱、上がってきてない?」

「もう全然大丈夫そうだよ。ねぇ、もう少し近づいてもいい……」

「別にいいけど」


 俺はもう少し布団を近づけるという意味だと思ったが、彼女は俺の布団に入ってきた。

 すぐ目の前に遥さんがいる。

 彼女のお風呂上りの匂いが直に感じる。


「何してんの?」

「ダメ……かな……」

「いや……ダメじゃないけど」

「優さんは変なことしないでしょ?」

「しないよ」

「私も何もしないから。ちょっとお話しよう?」

「ん。分かった」


 そう言うと彼女は俺の手首をつかんで丸くなった。

 その小さい手は震えている。

 そして布団に少し潜って、胸に頭を近づけてきた。

 小さい豆電球が二人を照らしている、


「どうしたの?」

「なんだろうな……寂しくなっちゃったのかな……不安なのかな。特に今日は怖かったな」

「そりゃそうだ。一人で結ちゃん育てて、初めてのことだらけで不安だよね。急に熱出ちゃったし。赤ちゃんってなんだかよくわからんよな」

「うん。わからないよ……ここに来るまでは本当は不安だった……かも」

「かも?」


 彼女は手首を掴むことをやめて背中に手を回してきた。

 改めて思うがこんなにも結ちゃんのことを思いここまで自分の足で生きてきた遥さんであるが、ただ一人の人間だ。

 外から見たら遥さんは強いと思われるかもしれないが、こうして過ごしていると逆だ。

 結ちゃんが居るときは少しでも強くあろうとしているだけで、一人になると彼女の本当の心が現れる。

 それを彼女自身は「かも」という言葉で隠すつもりなのだろう。

 手の震えや言葉からそれも限界を迎えている。

 彼女一人で抱えるにはあまりに大きい命なのかもしれない。


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