95話 不味い

 大輔とお喋りしながら私の家へと向かった。

 私の親はほとんど家にいないし、居ても会話もない。

 なぜ私をつくり産んだのか、名前の由来も知らない。

 ただ、母親から中学生ぐらいの時に言われたことがある。

 何か面倒ごとを家に持ち帰ってきたときだと思う。


『あんたなんか産むんじゃなかった、痛い思いして。そもそもあんた、本当にわたしの子なの?』


 親と子供が本当に険悪であれば言われることもあるかもしれない。

 子供に絶対に言ってはいけない言葉でもあるが、そういう仲だから仕方がないと諦めることが出来た。

 でも、言われたときは悲しかったし、地獄に突き落とされたかのような気分だった。

 私はこんな親には絶対に絶対に絶対に絶対になりたくないと思う。

 将来できるであろう自分の子供に対して存在を否定するような親には絶対にならない。

 そんな地獄の思い出しかない家に彼を招いた。


「どうぞ。ゆっくりしてね」

「遥ちゃんの家、なかなか広いな。でも、あまり綺麗じゃないね」

「ごめんね。あんまり家事は得意じゃなくて。でも頑張ったよ」

「もっと頑張れよ」


 高校生の私は掃除も洗濯も満足にできない。

 それでも彼と綺麗な部屋で過ごそうと一生懸命彼掃除した。

 「もっと頑張れよ」の前に少し労いの言葉が欲しかっただけなのに。

 ならば食事でアピールする。


「お昼ごはんにしよっか?」

「遥ちゃんのご飯、楽しみだな」

「食べられない物はない?」

「ないよ」


 私は事前に仕込んでいた野菜炒めを温め直して皿に移した。

 豚肉やニンジンなど彩りも考えて材料を用意した。

 多少焦げてたりするけれど悪くない出来だと思う。

 大輔のために、大輔のためだけに、大輔のことを考ながら一生懸命作った。

 炊いたご飯も用意して配膳する。

 炊飯器の操作も不慣れながらに一生懸命炊いた白米だ。

 少し緩い気がするけれど食べられるものだと思う。

 彼は嬉しそうにしてそれを見ている。

「いただきます」と言って野菜炒めを一口食べた。

 早く感想が聞きたいと思いながらも彼の口に合うか分からずにドキドキしている。

 何も言わないまま白米を少しだけ箸にとって口に入れた。


「どう?」

「ハッキリ言っていいの?」

「うん……おいしくない?」

「不味い」


 ハッキリと彼は言った。

 その言葉に私は胸にズキっと痛みが走ったがそれを隠すかのように笑顔で対応した。


「ごめんなさい。料理なんてできないのに、お祝いなのにごめんね。はい、デパートのお弁当がありますので。こちらをどうぞ」


 彼に渡したのは私が作ったものと同じような野菜炒めが入ったお弁当。

 見た目も私の料理よりきれいだし、米もしっかりと炊けている。

 自分の着るものや食べるものを節約して貯金していたお金を少し崩して買ったお弁当。

 アルバイトを増やしてお金を稼いでいる。

 デパートのものだから私のものに比べたらきっとおいしいのだろう。

 彼はお弁当を前にホッとしているようにも見える。

 私のご飯は食べられたものではないということか。

 不味いという言葉が今も頭の中をぐるぐるを回っている。

 美味しいものを作れた自信はなかったけれど、そこまでひどいものであるとは思えなかった。

 何が良くないのかも言ってくれないから、改善点が分からない。

 ご飯を食べ終わりデザートにプリンを用意してそれを二人で食べた。

 お弁当もプリンも心の底から美味しそうに食べている。

 でもそれは大量生産されていてあなたに対する思いは入っていない。

 それに負けたと思うと凄く悲しいし、ただただショックだ。



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