94話 思い出作り

 大輔は私に触ってくることが多かった。

 別に嫌じゃないし交際相手だからスキンシップとしてはいいのかもしれないが、触られたくないときもあるし、時々度が過ぎる。

 夏前のサッカー部の休憩中、グラウンドの端で二人で座って風にあたる。

 彼は引退前の大会のために一生懸命練習していて汗が流れるように出ている。

 今日の私は体調があまり優れずにいるから隣にいる大輔の汗の匂いが少し強く感じる。

 そんなことをつゆ知らずに彼は肩を近づけて私に触れてくる。


「今日はあんまり触らないで下さい」

「え~、なんで? 遥ちゃんのこと嫌いになるかも」


 そういわれると私は弱い。

 彼に好かれることが生きる理由になりかけていた。

 彼に嫌われたくない、捨てられたくない、高校生の恋愛としてはかなり重く捉えているが、本心である。

 だから私が我慢すればいい。


「いえ、大丈夫です」

「そうなの?」


 その後、私の肩を触ったり足を触ったりしながら会話をした。

 私にはその時間が長く感じたし、何を話していてどう答えたかあまり覚えていない。

 決して嫌なわけではないが、配慮して欲しいだけなのだ。


「ん、そろそろ練習再開だ。行ってくる」

「頑張って。先輩」


 私は笑顔で大輔を見送った。

 グラウンドに走っていく彼は周りの応援の女生徒にいつも通り手を振っていた。

 女の子からモテモテなのは分かるけど嫉妬する。

 それでも彼はああ見えても私にぞっこんで相思相愛だと思っている。

 私は自惚れ屋だから笑ってその様子を見ている。

 そんな日々を過ごしながら三月になると大輔は高校を卒業した。

 私とは一年間しか一緒の学校に通うことはできなかったが、彼の門出であり喜ばしいことだ。


「卒業おめでとうございます」

「ありがとう」

「先に卒業されちゃって寂しいです」

「ああ、これからも付き合うんだから。また会えるさ」


 私は彼の制服に目を移すと既にボタンが無くなっていた。

 腕のボタンまで無くなっていて三年間着こんだ制服が一枚の布と化していた。


「ボタン……人気なんですね……欲しかったです」

「ごめん……遥ちゃんに取っておけば良かったね」

「気にしないで下さい……先輩」


 落胆していると先輩は私の肩をポンポンとして笑顔を向けてきた。


「遥ちゃん。俺が居なくなっても頑張ってね。他の男と付き合ったりしないでよ」

「先輩もですよ。会社の女の人とかと交際に発展させないで下さいね。約束ですよ」


 お互いに釘を刺しあったら笑顔になった。

 この人は絶対に裏切ることはないと信じている。


「もう先輩じゃないよ」


 私の先輩ではなくなる、年上の交際相手ということになるのか。

 そうならば、早速、変化させることがある。


「先輩……いや、大輔? この後の予定は?」


 大輔は急に先輩呼びをやめたことにクスクスと笑っている。

 私も言い慣れないが慣れるのもすぐだと思う。


「このまま家に帰るよ。夜は家族と過ごす」

「そうなんですか……あの……」


 私は緊張して言葉が出なくなった。

 明日からは簡単に会えなくなるから、少しでも長く居たい。


「遥ちゃん?」

「夕方まで……私の家にこない? 食事あるよ。親もいないから、どう?」


 彼は少し驚いた顔をしたが私のことを見ながら返答した。


「行ってみようかな?」

「大輔……うん。行こう」


 彼を家に招待することに成功した。

 高校最後の思い出を彼と作れることが嬉しいし、ドキドキと何かに期待している私がいた。


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