93話 理想

「先輩は好きな女の子のタイプってありますか? ありますよね。聞かせてください。髪の毛は長いほうがいいですか?」


 高校生の私は胸ぐらいまでの長さのロングヘアーである。

 大輔の好みについて聞いたことがなかったから聞いて見たがこの時間がすごくドキドキする。


「短いほうがいいかな」

「えっ……」


 私は自分と逆のことを言われて声を失った。

 自分でもここまでショックを受けるとは思っていなかった。

 自分で心を癒すかのようにすぐに次の質問を投げた。


「じゃあ、体格とかは?」

「体格って?」

「お腹がシュットしていた方がいいとか、胸が大きいほうがいいとか。ありますよね?」

「痩せていた方が好きだし、胸も大きいほうがいいものでしょ?」

「それはどのくらい? アルファベット的には?」

「どのくらいかって? ……HとかIとか?」


 これもあまり嬉しい回答ではない。

 彼の理想像と私の見た目が大きく異なっている。

 外からはあまりわからないけどお腹も少々脂肪がついているし、胸も自分ではある方だと思っていたが彼の好きな大きさまではない。

 彼の思考は分からないけれど、グラビアアイドルみたいな女性が好きなのであろうか。

 それなら私が近づけばいいだけだ。

 彼に交際したい旨を伝えることを決意した。


「遥ちゃん? どうした?」

「あの……その……先輩の理想の女性とは違いますけど、私とお付き合いしてください」


 私は大輔に頭を下げた。

 汗が噴き出してきていて、心臓の音が早まる。

 彼が答えるまでの時間が長く感じた。

 どんな顔をしているだろうかと気になって顔を上げると笑顔の大輔がいた。


「いいよ。でも卒業しちゃうからね」

「先輩の邪魔にならないようにではありますが会いに行きます。先輩に好いてもらえるようにします。努力します」

「じゃあ、付き合おうか。よろしくね」

「はい」


 こうして私は後に結婚する大輔と交際を始めることになった。

 彼に好かれようと、好かれ続けようとまずは見た目を変えようとした。

 体のことは変えることは難しいが、髪の毛はすぐにできる。

 その日に美容室に行って髪をバッサリと切り落とした。

 重たかった髪の毛が嘘のように軽くなった。

 仲のいい美容師であったから「失恋でもした?」なんて聞かれたけれどそうではない。

 むしろ、大輔が好む私になるために髪を切った。

 好きだった長い髪が床に落ちると少し寂しくもあったが、彼の理想に近づけたと嬉しい気持ちが勝った。

 完成した髪型は襟足が短くて耳にかかるかどうかぐらいのベリーショートだ。

 ボーイッシュではあるが、悪くはない気がする。

 その姿を見た彼も高評価を得てこの髪型にして良かったと思った。

 卒業するまでは帰りにお茶したりゲームセンターで遊んだりした。

 大輔は下手なのに次々と百円玉を入れている。

 取れない時間が長すぎて少し苛立っていてやけになっているようにも見える。


「くそ、もう百円だ」

「もう、やめようよ。やりすぎだって。あっちの飴玉のほうが簡単そうだよ」


 大輔が挑戦しているのはプラスチックの箱に入れられているタイプの設定で、中身は黒いクマのキーホルダー。

 彼はどうしてもそれが欲しいらしくもう何千円もつぎ込んでいる。


「一度決めたもの以外に手を出さない主義なんだよ、俺は」

「それって……私のことも?」


 少し可愛すぎるセリフだったかもしれないが、聞きたいことである。

 彼女である私以外には手を出さないということを確約しているかのように聞こえた。


「ごめん周りがうるさくて、よく聞こえないや」


 そりゃそうだ、音が大きい場所だから仕方がない。

 そのとき景品がうレーンゲームの出口に向かて落下し、獲得音が賑やかに鳴る。


「やっと取れたぜ。はいよ」

「あ、ありがとう。でもやり過ぎだよ。お金なくなっちゃうからね」


 大輔からもらった黒いクマのキーホルダーは嬉しかった。

 彼から始めてもらったものだから。

 リュックにつけていつでも見えるようにする。

 そして月夜の中歩きながらそれぞれの家に帰宅するときに聞いた。

 

「大輔、今の私。先輩の理想に近づいていますか?」

「近づいていると思うよ。遥ちゃんのことかなり好きだよ」

「かなりって一言余計ですけど、ちゃんと好きって言ってもらえるように頑張ります」


 時間は黙っていても進んでいく。

 春に出会い交際し始めてから、夏へと移り変わっていった。

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