80話 一か月③

「あのさ、優さん」

「ん」

「優さんは、会社の人とかお友達とかとご飯食べに行ったりしないの? 今まで優さんは深夜帰りとかなかったから」

「会社終わりに飲み会はないのかって? 時代の流れかあまりないな。小さい忘年会とか新年会みたいなのぐらいだよ。友達とは年に一回あるかどうかかな」

「そうなんだ。あとさ」


 付け加えで聞きたいことがあるようだが、小さな手は震えている。

 その手を軽く重ねるとこっちを向いた。


「落ち着いて。ゆっくりでいいよ」

「大丈夫。優さんは女の人がいるお店を使ったりしないの?」


 今分かった。

 これが遥さんの前夫に対する一番の突っかかりだ。

 前夫がガールズバーやキャバクラのような店で失敗しているのだろう。

 それは金銭的なものなのか、人間関係なのかは判断がつかない。

 一番最初にあった時に自分の他に女が居る旨のことを話していたから後者が濃厚である。

 店外でも会っていたりしていたのだろうか。

 遥さんはこのような店、いや店に行ったこと自体に嫌悪感を抱いている。

 それがいつどのような状況で遥さんをここまで追い詰めたのか、それは気になるけど彼女自身が言いたくなった言うべきことだ。

 彼女を見ると俺がどんな言葉を発するか緊張しているように見える。


「そのような店には行ったことないよ。全然縁がないよ」


 俺の言葉に心底安心した笑顔を見せてきた。


「そっか、そっか。予想通りだよ。優さんにそういうのは似合わないからね」

「苦手だからね。そういうの」

「確かに、女の人の匂いしないもん、優さんは。むしろ……」

「むしろ?」

「……何でもないよ~」


 そういうと顔を真っ赤にして遥さんは俺の残っているイチゴをじっと見始めた。


「食べる?」

「うん。うん。食べたい」


 俺は「どうぞ」と言ってイチゴを譲ると、遥さんは首を振っている。


「違うよ。優さん。あーんしてよ。あーん」

「あーん? いいよ。もうね、これだけ一緒に過ごしていると恥ずかしくないよ」


 イチゴが刺さったフォークを遥さんの口元まで運ぶ。

 赤い果実が彼女の口に入るとそれを咀嚼し始め、やがて飲み込んだ。


「ありがとう。嬉しいよ。本当に今日はいい日だったよ。ねっ、結」

「……」

「結、寝ちゃったね」

「結ちゃんも疲れちゃったかな? ありがとうね、結ちゃん」


 こうして結ちゃんの二か月記念日は閉幕する。

 遥さんは食べ終えた食器を持ち立ち上がると小さな声でこう言った。


「優さんは私と結の匂いが染み付いているよ。もう取れないかもね」

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