86話 長い一日⑥
遥さんは声を震わせながら再び言う。
「病院には行けないよ……」
「どうして? 結ちゃん病院に連れて行かなくていいの?」
「行けないよ……」
「理由聞いてもいい?」
「……あのね」
少しの沈黙があったが、彼女は口を開き理由を話し始めた。
その理由は、結ちゃんがここに住むにあたって、一番考えておかなければならなかったことだった。
「私ね、結の保険証持ってないの……」
生まれてから家に帰っていないし、どうやって申請したり受け取ったりするかもきっと知らないと思う。
保険証にもなるマイナンバーカードも持っていないはずだ。
だから、結ちゃんは今、保険診療を受けられない。
一か月検診は自費だって言っていたから必要なかったのだろう。
結ちゃんがいつケガしたり病気したりするか分からない以上は確認しておかなければならない事柄だった。
「遥さんは、結ちゃんを病院に連れていきたいの?」
「行きたい。風邪だと思うけど、ちゃんとお医者さんに風邪だって確認して欲しい」
「結ちゃんの保護者は遥さんだけだから。遥さんが結ちゃんにしてあげたいことは、しなければならないよ。それを俺は助けることしかできないから。でも力の限り後押しするよ」
「優さん……ありがとう。結を病院に連れていくお手伝いをしてください」
「はい。行きましょう。準備しよう」
遥さんが結ちゃんを病院に連れていくことを確認が取れた。
「でもでも、保険証ないよ。どうすればいいの?」
それを聞いた俺は濡れたまま拭いていない自分のカバンを開き、財布のクレジットカードと現金を彼女に渡した。
「受付に保険証がまだないですって言って。全額自己負担でいいから見てもらって。お金はこれで。足りなかったらクレジットカードで払って。最近は病院でも使えるんでしょ? 暗証番号は……」
「ダメだよ。またお金を私に渡して」
「ダメじゃない。遥さんは最初に言ったよね。ちゃんと後で返すって。信じているからお金渡すんだよ。確かに遊んで使っているときもあるかもしれないけど。俺は遥さんを、結ちゃんを信用しているし、楽しいし、好きだから。結ちゃんには早く元気になってもらわないと楽しい思い出作れないよ。それ持って行こう。車出すから。小児科にご案内します」
俺はその場を立ち上がり濡れっぱなしの服を着替えるために部屋に戻ろうとするが、手を掴まれた。
「必ず返すから。連れて行ってください」
「うん。準備しよう」
必要なものを持って車に乗り結ちゃんを病院に送り届ける。
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