82話 長い一日②

 カバンを持って外に出て、麺屋に行く。

 時刻は十二時を超えていて昼食を取るためだ。


「いらっしゃい。近ちゃん」


 今日も人がまばらで一人客の俺にもテーブル席が割り当てられる。

 曽場が向かい側の椅子に、足を組み、頬杖をして座っている。


「何にするんだ。早く決めてくれ。忙しいんだ」

「人いないじゃん。仮に、忙しいならここに居なきゃいい。何のために電子メニューがあるんだ?」


 たまには違うものを注文しようとタブレット端末でメニューを見ようとしたが曽場はそれを阻止した。


「こんなもの、スライドしてたら時間がかかるだろ。ほれ、紙の一覧表あるから、選べ。そして言え」

「電子メニュー廃止したほうがいいんじゃないか? 電気の無駄使いだ。客も来ないのに」


 舌打ちしながらキッとした目つきでこっちを見ている。


「うどんとミニ親子丼で……」

「おーい。親父~、うどんと親子丼だ。早く作れ~」


 手でメガホンを作ってその場で厨房に向かって大きな声を出した。

 俺はため息をついたことを気が付かれ「文句あっか」と言われる。


「注文を取る腰のマシンもやめた方がいいんじゃないか?」


 店員がメニューを入力する従来型の端末も持っているがこの店では宝の持ち腐れだ。


「そうか? まぁ、本音は何でデジタル化したのか分からなくなってきたんだ。全然キャッシュレスなんて使わないし。そういや近ちゃんの家に住んでる女子供はどうなってんだ?」

「言葉使い悪いな。居るぞ。俺としてはそろそろ新たなフェーズに入ろうと思っている。あの二人があのまま家を出て生きていく未来が想像できない」

「なんだそれ。まさか……」


 そのとき厨房から食事を持った大将がやってきた。

 一人で素早く作っていたからヘトヘトになっている。


「お待たせ。優ちゃん。遅くなってごめん」

「お待たせ、近ちゃん。作るの遅くてごめん」


 ずっと座っていただけの曽場に突っ込みを入れたいところだが、曽場の隣の椅子に着席した大将に突っ込みを入れることにする。


「どうしたんですか?」

「いや。飲食店の店主としては出来が気になるところで。従業員が今日いなくて、バタバタして。本当はいるんだけどね」

「誰か今日シフトに入ってたっけか?」


 それが曽場であることは自明であるが俺も大将も口にはしない。

 うどんを啜ると、少し硬めの麵がツルツルっと入ってくる。

 親子丼は鶏肉と卵とつゆが米に纏っている。


「おいしいですよ」

「ありがとうね。優ちゃん、仕事はどうなの?」

「ああ、今日は寂しいですね。全然人がいないんで。上の人は休んでいたり外に出ていたり、後輩も同じ」

「どこも人手不足なんだな。クビになったら雇うからな。こき使ってやる、週七で働いてもらう」

「そうだね。優ちゃんの職場が潰れたらいつでも雇うからね」


 少し時間が経ち食べ終わると曽場と大将は店内のテレビを見ていた。

 昼のニュースをアナウンサーが読み上げている。


『駅のロッカーに新生児とみられる男の赤ちゃんを遺棄した疑いで女が逮捕されました……』

「……こういうの聞くと悲しいな。どうしたらいいんだろうな? 親父」

「そうだなぁ、難しいねぇ……」


 確かに二人の言うように難しい。

 今結ちゃんという存在が近くにいるからこそ、こういう報道が前よりも身に染みて悲しい。

 曽場はじっとテレビ画面を見ているが、それを大将が強制的に止めた。


「薫、仕事に戻ろうか。お客さんも増えてきたし」

「あっ? そうか。近ちゃんも会計するか?」

「そろそろ戻るかな。会計する」


 レジに行き料金を精算する。

 いつもの覇気がなくなっている。


「曽場。しっかりせい。客がドバドバ来たらどうすんだ。来ないか? 客なんて」

「あ? おい、なんてこと言うんだ。倍の料金取るぞ」

「元気出たか?」


 レジに音を立てながら小銭を入れ、レシートを千切りトレーに叩きつけた。


「おう。元気だ。近ちゃんありがとな。でも、今日はもう客は来ない。雨が降りそうだ……もう降ってんな。強くなる前に戻れよ」


 曽場の接客スマイルを見たところで店を出た。

 ポツポツと雨粒が落ち始めていて、これからが本降りのようだ。


 その時、スマートフォンが振動した。

 名前を確認してから、耳に当てた。


「はい。どうした?」

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