137話 言葉

 翌日以降は遥も落ち着きを取り戻して日々の生活を送っている。

 俺が仕事から帰るとリビングには二人の姿はなかった。

 風呂場方向から水が流れる音がすることから入浴中なのであろう。

 二人がお風呂から出るのはまだ先だと思い自分の部屋に行き部屋着に着替える。

 リビングに戻ると、風呂場から湯気で曇った声が聞こえた。


「優~帰ってるの? ちょっと来て~」


 声を聞いた俺は風呂場へと足を進めると結を抱えたまま直立している遥がいた。


「どうした?」

「その前に。優、お帰り」

「ただいま」


 この会話は俺と遥で決めた一つの約束事である。

 どんなに喧嘩していてもどんなに腹が立つことがあっても口を利きたくなくても挨拶はするということを。


「どうしたの?」

「結のバスタオル忘れちゃって、持ってきてよ」

「分かった」


 俺は結専用のバスタオルを持って戻る。

 彼女のバスタオルは特に肌触りが優しいものを採用している。


「ありがとう。そのまま結を拭いて、連れて行って」

「ん……遥が風邪をひくぞ。扉閉めてお湯に入ったほうがいいと思う。そんな素っ裸で見ていなくても」

「大丈夫だよ。見たいもん、二人のこと」


 結を拭き水気がなくなったことを確認してから立ち上がり風呂場を去ろうとするがそれを遥が止めた。


「ねぇ、こっち見てよ」

「ん、どうした?」

「どう、私?」

「どうって?」

「結を出産して二か月ほどですがこの体」


 意味深な笑顔をしている彼女は自分のお腹に手を当てながらこのように質問してきた。

 彼女の体に関しての問いであるがどのように答えるのが正解なのであろうか。

 痛々しい痕も残っているがそれは彼女が頑張った証なのだろう。

 真っ白な肌が反射してとても綺麗であるという感想もある。

 様々なことをを総合的に考えた結果このように答えることにした。


「うん、そうだね。良いと思います」

「ふーん、そっか。行っていいよ」


 少し不満げな声を出したが怒っている感じではない。

 結を連れて行き、保湿クリームを塗ってあげる。


「結の皮膚はすべすべだね。羨ましいよ」

「あへへ。ううう」


 最近かなり声も発達してきた気がする。

 少しずつ彼女も成長してきているのかもしれない。

 そのとき再び風呂場から声が聞こえる。


「ねぇ優。もう一回来て。私のバスタオルがないの、持ってきて」


 バスタオルを持ち風呂場へと向かうと髪の毛も体も濡れた状態の彼女が待っていた。


「はい。早く拭いてね」


 タオルを渡し結のいる部屋に戻ろうとするが呼び止められる。

 その顔は少し寂しそうな顔である。


「ちょっと、待ってよ」

「ん?」

「もう一回聞くよ。私ってどうよ? ちゃんと見てよ」


 直立する彼女を見る。

 きっと先ほどの答えに不満を持っていることは理解している。

 彼女の顔がその理由である。

 肉感ある脚やふっくらした胸、そして綺麗な顔。

 魅力的でドキドキする。

 何回か見たとはいえ彼女を好きな異性として見るのは初めてだ。

 だからこそ、どう答えればいいのか難しいのが本音である。


「良いと思う、じゃダメかな?」

「あっそ。もういいよ。優なんて知らない」


 気分を害してしまったようでその後は口を聞いてくれなかった。

 結はその様子を楽しそうに見ていたのが印象的であったが、俺は遥の機嫌を悪くさせてしまった罪悪感で一杯だ。

 寝る前までそれは続いたが直前に口を開いてくれた。


「優、おやすみ」

「遥、結、おやすみ」


 挨拶は必ずする、という約束していて良かった。

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