130話 テンション

 激動の一日であったが太陽も沈み夜ご飯を済ませた

 娘にしてください、結婚しよう、といった人生が大きく変わる告白をし合ってから時間が経って心境としても落ち着く頃だろう。 

 それなのにテンションが高い人物がいる。

 台所から数歩の距離なのにも関わらず、ぎこちないスキップで向かってきている。


「ランランラン~」

「少し落ち着いた方がいいって。家に帰ってからずっとその調子じゃん。スキップできてないよ。テンション高いと、ケガするから。もう夜だし、病院も開いてないから」

「だって嬉しいんだよ。これからも一緒にいられて……おっとと」


 足を滑らせて転びそうになったが止まることができた。


「危ないから。落ち着いて」

「気を付けます。でも嬉しいし楽しい」


 俺は結と座ってテレビを見ているところだ。

 今日は結もテンションが高いのか、なかなか寝る気配がない。

 母親と娘はこんなところが似てしまっている。


「お風呂に入ってくるから……一緒に入る?」

「早く行ってくださ~い」

「いいもん、いいもん。一人寂しく入るもん」


 そう言いつつも楽しそうにして風呂場へと進んで行った。

 結と二人きりとなり静かな空間が生まれた。


「結、これからよろしくな」

「あ……う~」


 俺のお腹の上で横になっている結は分かっているのか分かっていないのか、声を出して応じてくれた。


「絶対幸せにするからな。絶対に」


 気が付けばそんなことを呟いていた。

 結にははっきりと見えているかは分からないがテレビに目を移している。

 この家では遥がテレビチャンネルの主導権があるから野球のオープン戦……の録画が放映されている。

 彼女の趣味であるが、俺はそこまで詳しいわけではない。


「インフィールドフライが宣告されました」と実況されているがどのようなものかは分からない。

 遥は詳しいようで何回か説明されたが完全な理解には時間がかかりそうだ。

 でも、これから何回でも説明を受けられる。


「結、大きくなったらお母さんと一緒に観に行こうね。お母さんが解説してくれるよ」


 そんな会話をしていると遥の入浴が終わったようだ。

 彼女は髪の毛をバスタオルで拭きながら戻って来た。


「たっだいま~。優、私がいなくて寂しかった? 湯上りの美女を楽しみにしてた?」


 シャワーでハイテンションを流して来て欲しかったが、むしろ茹ってしまったようだ。

 熱い風呂に浸かったばかりであるからかズボンも履かずにTシャツ一枚で戻って来た。

 飾り気のない薄いピンク色のショーツに、この家に来た時から使っている伸びきったTシャツ。

 こんな姿はもう見慣れてしまっていて突っ込んでも目のやり場に困る? って言われてからかわれるだけである。


「そのTシャツ、そろそろ終わりだと思う」

「うん……でも、まだ着られるよ?」

「ちゃんとしたものを着て欲しい」

「分かった。今度違うの買ってくる。こんなビヨンビヨンなシャツを着た私、見納めだよ。ちゃんと見といてね」


 このような話をしていると昨日までと何ら変わらない日々である。

 彼女が自分の姿をよく見るようにと言うから、注目していると照れ笑いをしながら俺の隣に座った。

 風呂上がりの遥の匂いが舞う。


「まったり二人でテレビ見るなんて二人は仲良しだね。羨ましいよ」

「ああ、まあ。そうだね。嫌われては、いないかな」

「結も優のことが好きなんだよ」


 気が付けば結は目を閉じて眠っていた。

 テレビの音を少し小さくして、彼女の睡眠を邪魔しないようにする。

 まだ眠りが浅いからむやみやたらに動くわけにいかない。

 それにも関わらず、遥が頭を肩に預けてきた。

 さっきまでのテンションが嘘のように落ち着いている。


「優。お話したいことがまだまだたくさんあるんだ」

「たくさんお話ししよう。明日は日曜日だから、夜更かしもいいでしょう」

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