22話 再就寝

「優さん、この部屋広いよね」


 彼女はリビングの先にある部屋を指差した。

 彼女たちは指差した部屋と障子扉で区切られた奥の部屋で横になっていた。


「うん。一番広い部屋かな。リビング直結。俺が寝てる」

「そっか」


 数かい頷いた後に、彼女はその部屋に入って行った。

 その後を追うと電気を点けて、布団を自分のものと結ちゃんのものを運んでいた。


「どうした? どうした?」

「お願い。もう一枚敷いて一緒に寝よう」

「なんで?」

「優さんも一緒に。近くにいてほしいんだって」


 さっきの話だ。

 彼女は俺が近くにいないから結ちゃんは泣いてしまったと言った。

 だから、彼女は皆で横になりたいと言っている。


「結、川の字でねたいですね~」

「ああ、わかったよ」


 既に俺の分の布団含め敷き終えてしまっている。

 してやったりというような顔をしている。


「結に甘々だね」

「悪かったな。かわいいから甘やかしたくなるんだよ」

「へー、嫁にはやらん」


 半目で言う彼女はに俺は真顔で言い返す。


「仮に結ちゃん20歳の時、俺40超えてるぞ。倍だよ。そういうのは、ないから。心配しないで」

「確かにね」


 こんなこと言うのは信頼を少し積んでこその冗談だ。

 その証拠にカラカラ笑っている。


「でも、いいのか……出会って一日しか過ごしていない若造と。若造って言っても男だし」

「結がそうしたいって言ってると思う。それに、私も優さんのことを信用してるよ。一日でこんなに信頼感が得られるってすごいことだよ。結がしたいってことはさせるって決めてるから……親として」

「ああ、わかった」

「だから、もうちょっと甘ちゃんしてね」


 結ちゃんが夜泣きで起きてから既に時間が経ち、俺も布団に入ることにした。

 遥さんは「おやすみなさい」と言い、静かに寝息を立てる。

 二人は久しぶりに安心できるところで横になったのだろうか深い眠りについていた。

 自分で言っていいのかわからないけども安らぎの空間を提供来たかな。


「よかった……」


 小さい声が聞こえて上体を起こし二人のほうを見た。


「……よかったね……結」


 寝言か、本当の気持ちかはわからないがよかった。

 そう思っていたら彼女の布団と俺の布団の間を空けているが、隣で大暴れし始めた。

 腕と枕が俺のほうに飛んできた。

 寝始めて数分で枕は使ってないし、掛け布団も毛布も掛かっていない。

 暑がりと言っていたから暑いのかと思ったがそうではないようだ。

 ただ、寝相が悪いだけのようだ。


「うう……さぶい……」


 公園生活を思い出したのだろうか悲しそうな声が聞こえた。

 俺はそっと、あっちに行った布団を掛け直した。

 暑がりでも、布団がなければ冬は寒いだろう。


 夜泣きってこんなにもないのか……さっき泣いて以来泣いていない。

 そう思っていたらその数十分後に、結ちゃんの夜泣きが起きた。

 寝ぼけまなこで結ちゃんを抱きあやしている。


「大丈夫……?」


 横で寝ているのも悪いので体を起こして声をかけた。

 実際には一睡もまだしていない。


「起きてたの? ……気にしないでって気になるよね。皆で寝るって言ったのこっちなのに、ごめんね」

「ああ、いや……泣いたことは赤ちゃんだから。気にしてないよ」


 オレンジの電灯が彼女の顔をやわらかく照らす。

 結ちゃんはあやされながら、落ち着きを取り戻していく。

 そっと結ちゃんを布団の上に戻した。


「一か月の赤ちゃんってこんなに落ち着いてるっけ? もっと頻繁に泣いてるようなイメージがあるよ」

「……もう、十分泣いたよ、結は」


 ぽつぽつと話し始めた。

 その目には涙が溜まっている。


「さっき言ったけどさ、ずっと泣いてたんだよ。ここに来るまで。生まれて泣いて、病院内で泣いて、退院の時泣いて、人の家に行く道で泣いて、人の家の前で泣いて、家の中で泣いた。ホテルでもカラオケでも泣き続けてたよ、公園でも泣いてたよ。もう泣くのは十分だよ……」

「そっか……結ちゃんも頑張ったんだな……」

「結は頑張った。私も……慣れないし……ない頭つかって……結を守ってきたよ……」


 嗚咽交じりの彼女は既に堪えきれなくなった涙を落としている。


「優さん。私、手がかかるよねぇ。情けないよ」


 彼女は俺の肩に手を置いて、そして崩れながら言った。


「私も……頑張ったよ。私も……泣いて……いいかな……」

「いいよ」


 その後遥さんは結ちゃん以上に泣いた。

 崩れた彼女は俺の太腿で涙が果てるまで零し続けた。

 

 これまでの涙とは違う、本当の意味での安堵感の涙。

 今までは結ちゃんを思っての涙、これは彼女自身の涙。

 つらくても苦しくても頑張って、我慢してきたものが決壊したかのように目から水が流れていた。

 足に崩れながら泣いている彼女の体は軽い。

 彼女が泣き止むと、結ちゃんが小さく泣き始め、ぐしゃぐしゃ顔のまま、少しほっとした顔であやしていた。

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