19話 安心
結ちゃんが落ち着いた後、やはりお湯を沸かしてお茶を作った。
少しまだ話していたいという彼女の希望である。
お互いに温かいお茶が入った湯呑にそっと口をつけて傾けた。
そして一息吐いた彼女は少しの笑みを見せてから言葉を発した。
「私ね、やっとスタートラインに立ったのかもしれない。こうやって夜に落ち着いておっぱいあげられるのも、初めてかもしれない。こんなに夜泣きしたり、私が失敗しても声を潜めなくてもいいのが」
「うん。たくさん暴れていいから」
一軒家だから周りに気を遣うこともあまりない。
気を張ることなく二人には時間を過ごしてほしい。
俺ができることはそれくらいだ。
「結が生まれてから数日はやっぱり出にくかったんだ。でも、一生懸命頑張ったよ。だって二人きりだもん。生きていかないといけないから」
遥さんは結ちゃんの頭を撫でながら話を続けた。
「数日してお金も払ってないんだけど退院したら、安めのホテルで過ごしてたんだけど、やっぱりなかなか出にくくて結構つらかったよ。そしたら、おっぱいがパンパンに張って痛くなって。それがもう、痛くって、痛くって」
「ちゃんと専門家に見てもらって……ないか」
「……本当はちゃんと相談したほうがいいの分かってるけどお金もなくて。ホテルに無料のパソコンあったから自分で調べたよ。打開策を」
お金がないのと病院嫌いが相まって相談はできなかった。
しかし、今トラブルも少なくなっているのは彼女の努力である。
「そしたらおっぱいに熱持っちゃって、氷買って冷やしたり、調べて飲んでいい薬を買ったり、搾ってみたり何とかね。二週間過ぎた位でいい感じに出て飲んでくれるようになったんだけど、ある時飲ませたまま寝ちゃって……飲み過ぎたのか、吐き戻しちゃってさ。いや~、焦ったよ。びっくりだ。多かったのかなってちょっと量減らしたら、次はそしたら次は何もしてないのに出てたり、分泌過多になってね……洋服とかベッド濡らしちゃったり……参ったよ。結は満足したら離すからさ、もうよくわからなくなった。挙句の果てには乳首切って、痛いし血が出て、布に擦れて治らないし。いや~、哺乳類って不思議だ」
彼女は誰にも言えない、相談できなかったことを、専門家でもなんでもない俺に話している。
解決はしなくてもいいから、ただ誰かに話を聞いてほしかっただけだ、と言わんばかりに。
「ある時ね、本当に疲れちゃって。孤独……結がいるから一人じゃないんだけどね。ほったらかしちゃいそうになったけど。やっぱりかわいくてね。目を離せなかったよ」
本当に子供を放置してしまう親もいることは事実だ。
子供から目を離さない、当たり前のことかもしれない。
でも、遥さんは一人で、お金もなく限界ギリギリまで結ちゃんをここまで抱えてきた。
このことは遥さんの結ちゃんに対しての愛情の表れである。
「でも、こうやって話せる相手がいると安心するよ。結のこと見てくれるから、少しは目を離して肩の力抜けるし。ちゃんと育児ができそうだなって。やってあげられることも多くなりそうだし。ありがとね」
澄んだ彼女の瞳は俺の方を向いている。
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