15話 買い物②

「結ちゃんの服は?」


 カゴも満杯になってきたが衣食住の衣がまだである。

 結ちゃんは薄い青色の長肌着を身にまとっている。


「うん……買ってほしい……かな」


 そういって陳列されている衣類を手に取りながら言った。

 彼女が手に取ったのは今着ているのと近い青色のものと、薄いピンク色のものだ。

 その二枚を俺に見せてきた。


「どっちがいいと思う?」


 その質問に間髪入れずに答えた。


「両方」


 意外な答えだっただろうかポカンとしてしまった。


「遥さん。結ちゃんが今着ているものとさっき着ていたもののほかに何枚あるの?」

「……ゼロです」

「枚数足りなくなるよ。洗濯してもすぐには乾かないよ」

「両方買います」

「あと、短いのと重ねて着るから……短いのも選んで」


 哺乳瓶もそうだが、やはり遥さんは遠慮する。

 気持ちは分かるが、最低限必要なものは余裕ある個数で揃えてほしいのが本音だ。

 俺もあまり知識がないから、周りの広告や商品の表示を見ながらであるが、遥さんには購入するものを聞くことはやめて、選んでもらうことにした。

 少し強引ではあるが、このほうが遥さんの顔もなんとなく生き生きしている。

 娘に洋服を買ってあげることを楽しい思い出として持って帰って欲しい。


「じゃあ、これで」


 遥さんが指示通りの余裕が出る枚数の衣服をカゴに入れた。

 衣類の買い物を終えようと思ったが、数歩進み、その場所に立ち止まった。

 そのあとを遥さんもついてきた。

 俺は結ちゃんを見てその商品を手に取った。


「これ、買おう。すごくオシャレじゃない?」


 白地に淡いピンクの花のリボンが付いている帽子だ。


「帽子なんていらないよ。なくても困らないよ」

「でも、まだ髪の毛薄いし。外出るときあったかいよ」

「……たしかに髪の毛まだあんまりないね」


 帽子を遥さんに手渡して、結ちゃんにかぶせた。


「いいね。よし。購入で」

「よかったね。結」


 楽しそうにしている結ちゃんは笑っているように見えた。

 カゴに帽子を入れると知らないうちに満杯になっていた。



「遥さんの着るものは?」

「えっ、私?」

「うん、着るものないんでしょ。大きいバッグ、スカスカだったじゃん」

「あまり持てないで出されたから……捨てちゃったし」

「じゃあ、なんか着るもの買ってね」

「いいの……」

「しばらくいるつもりでしょ、正直に」

「……はい……いさせてください」


 出会った時よりも大分素直になった。

 遥さんはカゴの山を見てこう言った。


「洋服はまだ明日明後日は大丈夫だと思う。あの……下着の類が欲しいんだけど……」

「いいけど……何で断りいれるの……って買って貰いにくいか……」

「うん。恥ずかしくはないけど……やっぱりさ抵抗ない?……女性物を買うなんて、しかも突然現れた人に……」


 赤の他人に買ってもらいにくいのは分かる……ん、恥ずかしくないのか。

 人によっての感じ方次第であろうか。


「必要なものでしょ?」

「うん……」

「じゃあ、遠慮はなしで。あ、ちゃんと余裕ある数量を手に入れて」

「ありがとう。多分、産後用ってのがあるから……あそこだ」


 遥さんは頭上の案内に従い歩みを進めた。

 その後ろ姿は子供を守る母親の背中だった。


「うーん。まぁ、いいか、これで」


 ながら見した遥さんは悩む様子もなく上下組一セット手に取った。



「ちゃんと、選んだほうがいいんじゃない? 骨盤サポートとかいろいろ書いてるよ」

「だから、とりあえず、一着だよ。しかもこのメーカー、私でも知ってるよ」

「どっかで聞いた言葉だな」

「まぁ、私のことはいいから。終わろうよ」

「いいの?」

「うん。気に入ったよ」


 分からないときはメーカーで選ぶのは誰でも一緒かもしれない。

 後で買い足すのはいくらでもできるだろう。


 ベビー用品店での買い物はこれで終了とした。


「じゃあ、これでこの店は終わり。会計おねがいします」

「うん」


 カゴ一杯の商品が次々とレジに通される。


「……ごめんなさい……」

「なにが」

「結構いい額になっちゃて……」


 レジに表示されている数字を見た遥さんは顔を青くして言った。


「気にしないで。俺が好きにやってることだし、これだけ子育てにお金がかかるってのを学べただけいいよ」


 俺はさっき引き出したお金を封筒から取り出し、数枚のお札を出した。


 会計が終わり袋詰めをしていると遥さんが俺の腕をつついた。


「どうした?」

「さっき私たちがトイレ行ってるときいなかったのって、お金おろしてたの?」

「……ああ、うん」

「わざわざ、引き出させてごめんなさい。必ず返すから」

「分かったよ。待ってるから謝らないで」


 買い与えられることがあたりまえでないことを彼女は理解している。

 必ず返す、この言葉を信じていつまでも待つ。

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