13話 抱きしめていた

 結ちゃんに母乳をあげているが、本人は話しながらでも差し支えないということから、もう少し彼女の今までについて聞く。

 彼女を追い詰めたり、傷つけないように聞きたい。


「ホテルをチェックアウトしている間はどうしてたんだ? カラオケも二十四時間居るわけにいかないし。ずっと公園にいたわけではないでしょ?」


 少し間を置き彼女は口を開いた。


「……デパートのベンチ借りてた」

「賢いな。公園でぼーっとしてるより何倍もいい。冬は寒いし。ずっと鳥と少年と遊んでいるよりね」

「すいません。それ、正解。大正解」


 遥さんは当たってもうれしくない問題が多い。

 それだけ今までの状況が苦痛であったからこそ楽しく伝えたいのだろうか。


「デパートで暖まってたんじゃないの? バードウォッチングしてたの? 練習見学してたんかい」

「冬だからあんまり種類はいないけど……鳥……観察してた。少年たちのボール遊び見てたね……元気いっぱいな少年だった。デパートなんていう発想はなかった。我慢できないときは、ないお金を使ってドリンク買ってフードコートに……行ってない……」

「冬だよ?」

「めっちゃ寒かった。雪降るかと思った。そして、疲れた」


 疲れたの言葉は彼女の心労を表すには足りない言葉である。

 産後の動かない体、赤ちゃんを連れている不安、頼れる人のいない恐怖。

 全てを合わせた疲れたという言葉。


「結ちゃんは大丈夫だったの?」


 遥さんは結ちゃんをより胸に寄せた。


「結はあったかい恰好させて抱きしめてたから……」

「そっか……」

「赤ちゃんってあったかいんだよ」

「カイロみたいに抱きしめてたの?」


「そうかもね」と笑って話す遥さん。


「でも、今みたいに外でおっぱいあげてるときは結構寒かったね。肌が出ている部分をこすったりしていたな~」


 遥さんはピンポンダッシュしたりと行動力はあるが生きるための知恵という賢さがない。


「それは寒いよ。もっと方法あったでしょ?」

「そんなに頭よくないの。私はバカなの。だからピンポンして回ったの……」

「誰も助けてくれなかったらその方法は使えないよ」

「確かにそうだね」


 今気が付いたかのような顔を見せた。


「あと頭の良い悪いじゃない。生きる術だよ。それを伝えてやるんだ、結ちゃんに。これから先、生きていくんだから」

「そうだね」


 こんな会話をしながらも遥さんは結ちゃんに授乳を続けている。

 ゆっくりのペースであるがラストスパートであるだろう。


「生きてるんだな、こんなに小さい体でも」

「そうだね。生きているんだね」

「人間ってこうやって大きくなるんだな」



「赤ちゃんって、とても弱い存在だよね。特に人間の」

「うん」

「でも人間の赤ちゃんってお母さんから生まれてからしばらくはさ自分では呼吸と泣くことおっぱい吸う事しかできないじゃん」

「確かに、お馬さんとか生まれたらすぐに立ってるよね」

「そう考えたらさ、野生動物と違って敵が襲ってこないとは言っても、人間の赤ちゃんってすごく弱い存在だと思う。だからこそ守られないといけないと思うよ」

「うん」

「だからこそ、こうやって一生懸命お母さんの力借りながらも生きてるなって思うよ」

「……生きる」

「うん。生きる」


 結ちゃんを胸から離すと、服を整えてからげっぷをさせるためにトントンと背中を触っている。


「ちょこちょこ飲ませなければだめなんだよね?」

「すごい知識量だね」

「最低限の知識は身に着けて社会に出ているよ」

「そっか。一回あたりに飲む量は限られているから1日に何度もかな。まだまだ、まめに飲ませてるよ」


 すると、結ちゃんは小さくげっぷをして、うとうと目を閉じそうになっている。満腹になって幸せそうである。

 遥さんは残った麺をするっと食べて完食した。


「ごちそうさま。ごはんありがとう」

「お疲れさまでした」

「何で私にお疲れ様?」

「エネルギー使うでしょ。俺何もしてないし」

「ハハハハ、本当に優しすぎる。お母さんに優しい人オブザイヤーになれるよ」

「そうか」


 遥さんは小さくあくびをして目をこすった。


「眠い? 俺一人で買い物に行けばよかったかな?」

「いやいや、結の買い物は私の責任だから。まぁ、寝る時間は今まで取れてなかったからね。私は結のために頑張るお母さんだから」

「どうなんだろうな。もう少し結ちゃんが大きくなれば落ち着くんじゃないかな」

「やって欲しいことがあったら言ってね」

「うん、こうやって話を聞いてくれるだけでもいいんじゃない。でも、私が作業しているときは見守っていてくれる。いいバランスだと思うよ」


 俺らは会計を済ませて車に戻った。


「じゃあ、行きますか」

「お願いします」


 直後、二人はスヤスヤ寝てしまっていた。

 ショッピングセンターまでは20分ほどで着いた。

 着いても寝ていたので、駐車場で少し待った。

 15分ぐらいしたら結ちゃんが先にもぞもぞ動き始めてから遥さんも起きた。


「起こしてくれてよかったのに」

「少し休めたでしょ?」

「うん……ありがと」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る