12話 食事

「そう言っていただけると、うれしいぜ」

「ん」

「はいよ、冷めないうちに食ってな」


 温かいうどんを遥さんに、冷たいうどんを俺に、何も聞かずに配膳したことに驚いている遥さんに曽場が説明をする。


こんちゃん、真冬でも冷たいのしか頼まねぇんだよ。麺を締めるの誰だってな」


 冷水で締めることに文句を言っているが、いつものことである。


「近ちゃんがどんな経緯で、この姉ちゃんと赤ん坊といるのかわからないけど、客は客。ちゃんと接客はする」

「ありがとう」

「おうよ。でもまた話聞かせろよ」


 手を軽く振って厨房へと踵を返した。

 割り箸を割りうどんを食べ始めようとする。

 遥さんのうどんは温かいつゆに麺が浸って、ネギが散らされたシンプルなものである。

 遥さんの温かいうどんからはだしの匂いが漂う。


「じゃあ、一口いただきます……おいしい」

「そう、しっかり食べて栄養をバトンタッチしないと」

「そうだね。あちち」

「気を付けてね」

「ギャーギャー」


 こんな会話をしていたら結ちゃんが泣きだした。

 出会ってから結ちゃんが泣くのを初めて見たから、やはり赤ちゃんなんだなと思いながら箸を止めた。


「あれあれ、結もごはんですか~。優さんは気にしないで食べていいよ」

「俺、席はずそうか」


 人がいたら気にするだろうと思って席を立ったが静止させられた。


「別にいいよ。座ってていいよ」

「でも……俺……他人だから。嫌でしょ?」

「他人じゃないよ、言葉軽いけど恩人だし……私たちを住まわせてくれる家主だしね……まだ出会って数時間だけどこんな人がお父さんだったらなって思っているから。結のことを考えてくれているもん」

「それなら、いいけど。気にならないの?」

「別に優さんならいいかな~。公園で知らないサッカー少年たちに見守られたり、冬だからあんまりいないけど鳩やカラスに見守られてたり……家のない人たちにも見守られたこともあったから、私も家なしだけど……」


 遥さんは楽しそうに話しているが俺は苦笑いするしかない、この思い出話は。


「うんうん。結、はい、おっぱいだよ~」


 遥さんは、俺が渡したモコモコの洋服を胸までたくし上げて結ちゃんを胸にあてがった。


「ごめんね。本当にごめん」


 俺は遥さんに頭を下げた。


「なんで謝るの?」

「パーカーとか前開くものを渡せばよかったかと思って」


 疑問思ったのか首をかしげて聞いた。


「いや、大変配慮不足だった。服をたくし上げては、大変に配慮が欠けていた。本当に申し訳ない……お腹も冷えるよ……ちょっと待ってて」


 俺は席を立ち車に戻った。


「はい、これ。ごめん。配慮不足で」


 車に置いていた毛布を手渡した。


「いやいや、わざわざいいのに。そんなに反省しなくていいから。ありがとね。全然気にしないよ。結も気にしてないし」


 その毛布で前を隠して結ちゃんへ授乳を続けた。


 結ちゃんはキュッキュッと母乳を一生懸命飲んでいるのだろう。

 首がすわっていないから頭を支えながらである。

 その間にも遥さんはうどんを食べたりしている。


「外にいる間に洗濯できなくて汚れたら前開くシャツとかを捨てていったの。結果、トレーナー系が残って、丸出しにしてたことはよくあったよ。ホテルとかカラオケの室内では二人だからいいでしょ? 私暑がりだし、こう見えても」

「親子だもんな」

「まぁ……一時、ケープは持ってたんだけど……」

「ケープ……ああ、なんかこう……隠すための布だろ」


 うまく言えなくてジェスチャー交じりになってしまう。

 それを見た彼女は結ちゃんを抱えたまま大笑いした。


「ハハハハハ、なんかカッコいい表現探してたみたいだけど、結局布。でも、そもそも知ってることがすごいね」

「常識じゃないの?」

「常識じゃないでしょ。私は知らなかったよ」

「そうなんだな……で、その布はどこ行ったんだ? 家に置いてきたか?」


 現に使ってないし、持ってきている様子はないが一応聞いた。


「ああ……少し前にお別れした……」

「捨てたってこと?」

「うん。平日だったからホテルに泊まれて、コインランドリーで洗濯したんだけど……もうその時お金がピンチで乾燥機ケチって乾かすのを怠って干すのも怠ったら生乾きで……へへ……」


 半笑いをする遥さんを見た俺も苦笑いしかできない。


「なんかもう、踏んだり蹴ったりだな」

「あはは」

「でね、バスタオルでいいかと思ったんだけど……」


 このパターンは多分、思っている答えでいいだろう。


「生乾きで捨てたのか?」

「ピンポーン」

「当たってもうれしくないな……」


 彼女は思い出話かのように話すが本当は相当苦しかっただろう。


「じゃ、そのケープは買ったほうがいいの?」


 持っていたということは買い直したほうがいいのかもしれないと思い聞いたが、首を横に振った。


「いらないと思う。大きいタオルとかで大丈夫ということが分かったから。なくても影響はないと思う。あったらあったでいいかもしれないけどね」

「そういうならそうなのかもな。まかせるよ」


 遥さんは嫌がってなくても結ちゃんが嫌がってるかもしれないから、もう一度質問しておく。


「俺の存在大丈夫? 結ちゃんに迷惑かかってない?」

「もうちょっとで終わると思うからいいよ。個室用意してもらってほかの人来ないし」



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