10話 空腹
「五分ぐらいだから。トイレとか気持ち悪くなったら言ってね……乗る前に聞かなきゃダメだったね。車の匂いとか大丈夫? 変な匂いしない? 一応、袋はあるけど我慢しないで言ってね」
「本当に優しいね。車酔いはしないよ。結は初めて車だけど、どうやら落ち着くみたい」
ベビーシートにいる結ちゃんは今のところ泣く様子もなく、静かに車の旅を楽しんでいると思う。
「運転中って話しかけて大丈夫?」
「うん。結構上手だから」
クスッと笑い声が聞こえた。
「すごく集中してるね」
「ちゃんと前見てないと危ないから。事故は絶対に起こしたくない。事故を起こしたら二度と車に乗らないって決めてるんだ」
自動車は生活に欠かせないものだが時に人を傷つける凶器になりうる。
俺のせいで誰かを傷つけるのは絶対したくない。
「何気ない一つ一つの行動が何かと繋がっていると思えば自然と緊張するよ」
「そっか……」
その声はとても弱弱しかった。
彼女は少し窓を開けて新鮮な空気を入れながら再び声をかけてきた。
「ホントにドライブみたいだね。初めてかも、誰かの車に乗ってどこかに連れて行ってもらうの」
「そう……」
前の夫は免許を持っていなかったのだろう。
「楽しい?」
「うん。今までこんなことなかったから。楽しい」
「楽しんでくれているようでよかったよ」
「今どこに向かってるの?」
「ショッピングセンター……と言いたいところだけどおなか空かない? なんだかすごい食べてたけど、お茶菓子」
時計はもう二時だ。さっきまで昼だったが長話をしてしまったからご飯を食べ損ねてしまった。
「うん。昨日の夜から食べてないな。でも結がいるから……」
その言葉を聞いて驚きを隠せなった。
「えっ、何やってんの、ご飯食べてなかったの?」
「ちょっと……お金が……ね。結もいるし店内飲食はね」
まだ幼い子を連れて行くのはなかなか難しい点もあるだろう。
お金もないからと言って飲まず食わずでは倒れてしまう。そんな状態なのに長々と説教して、少し申し訳なさを覚えた。
「ごめん。長きにわたる説教を」
「……今の私に……必要な言葉だったよ」
その言葉には嘘も遠慮もなく聞こえた。
遥さんは「よいしょ」と座り直した。
「で、で。ご飯、食べさせてくれるの?」
「小さい子供を連れでも気軽に行ける店がある。昨日分まで食べて」
「うん。お腹空いたよ」
「ああ、そうだ。今から行くとこ、うどん屋なんだけど授乳中っていいのかな?」
「……大丈夫だよ。多分……」
恐らく彼女は「分かりません」って顔をしているのだろう。
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