9話 外出

「少しは疲れ抜けたかな? 説教されて別で疲れが増えたかもしれないけど」

「大丈夫。この数か月で一番元気……とは言えないけど。体調はいい」

「体力も戻ってなくて大変だよね」


 遥さんは言っている意味がよく分からなかったのか首をかしげている。


「だって、命をかけて結ちゃん生んだんでしょ。一か月そこらで体力戻らないだろうし。精神は削られるだろうし。そんな、一か月も外で過ごしてたら、より疲れるでしょ。本当に体は大事にね」

「うん……ありがとう。でも大丈夫」


 無尽蔵な体力を持っているわけではないだろうが見た感じはまだ外に出られそうなぐらいではあるから大丈夫だろう。

 ちょうど結ちゃんは手を離してくれていたから、遥さんに次の提案をした。


「じゃあ、行こうか」

「どこに行くの?」

「買い物。遥さんを見るともう生活用品とか何もなさそうだけど?」


 俺はスカスカのボストンバックを見て言った。

 近くで見るとより何もないことが見て取れる。

 しかし、遥さんは片手を振って拒否をした。


「そんなのいいから……悪いよ」

「あと、この家にはベビー用品なんてないから……遠慮しないで……必需品だけでも揃えよう」

「でも……」


 一人暮らしの生活にはかかわりのないものだ。

 でも、結ちゃんの成長に必要な道具もあるだろう。

 現に、ビニールのベビーバスを一か月で壊している。

 本当に必要なものは大人でも買う。

 大人なら我慢もできるかもしれないけど、赤ちゃんには我慢してほしくないし、この家にいる以上はさせない。

 たとえ遥さんが遠慮しても。


「なにか買いに行こう?」

「本当に買って貰っていいの……」

「しばらく住んでいいといった責任もあるし……二人が少しでも快適な環境でいられるように……備品が充実してたほうがいいでしょ」

「うん。実はもう結の道具もすっからかんなんだ」


 納得してくれたようで首を縦に振ってくれた。

 ボストンバッグの中を開いて見せてきた、確かに何もない。


「えっとね……これだけ……なの……てへぺろ?」


 あと数枚のおしりふき、二枚ほどのオムツ、液体ミルク……の空き缶、小さいシミだらけのハンカチ、洋服数枚など心もとない。

 ここ数日ギリギリの生活をしていたことが目に見える。


「今日どうするつもりだったの? ヒリヒリじゃん」

「ヤバいね。あっ、これ捨ててもらってもいい?」


 空の空き缶を手渡してきた、中を軽くすすぎ、そしてごみ箱に行き捨てた。

 赤ちゃんを迎える準備を進めていくことになった、それは俺にとっても未知の世界に入るのであろう。


「じゃあ、決まり。買い出しに行こう。」


 ごみ捨てから戻り、号令をかけた。

 先ほどは納得してくれたがこの間に浮かない顔に戻ってしまった。

 床に座って遥さんの目を見ると、その理由を話し始めた。


「でもお金は……」


 お金が理由だそうだ。

人に何か買って貰うのは抵抗があるようだ。

物を得るにはその対価を払わなければならない。

それを既に病院で滞らせているから、なお一層心苦しいのだろうか。


「ああ、心配しないで。お金あるから。仕事してるからお金入る、心配しないで」

「お仕事どんなことしてるの?」

「会社員。日々パソコンカチカチしてるよ。まぁ、入社一年目は大変だったけど。怒られながら勉強して。使い道もないから貯めていたけど結ちゃんのために使おう」

「ほんとにいいの。


 結のために、という言葉が彼女にとっての本当に必要な言葉であった。

 自分のことはいいから子供のためにということだろう。


「絶対使っちゃダメなお金は使いませんよ。そこらへんはご心配なく」


 絶対使ってはいけないお金は別にある。それは絶対に手を付けないって決めている。


「じゃあ、お願いしてもらおっか、結」


 ようやく納得してくれたようで、俺は立ち上がって準備し始める。


「遥さんの外に出るための服……なにかある?」

「これは外でも大丈夫そう。コートもあるから。寒くない」

「結ちゃんは、寒くない?」

「なかなかあったかいよ。むしろあせもに注意しないとってくらいね」

「じゃあ、行こうか。車乗れる?」

「うん。」


 俺は外に出て車を準備する。倉庫から持ってきたベビーシートを車の中に入れた。


「お待たせしました。よろしくお願いね」


 準備が済んだ二人が玄関を出たのを見て家の鍵をかけた。


「ベビーシートないと怒られちゃうよ……あるんだ」

「ある」


 手がふさがっている遥さんの代わりに後ろの扉を開けた。


「ありがとう。助かります。なんであるの、ベビーシート」

「かつて、親類がここで暮らしていたときの。当時は2歳の子だったけど。今まで眠っていた物。説明書も残ってるよ、新生児も使っていいみたい。これでいい?」


 説明をしている間にも結ちゃんをベビーシートに乗せ、終わってから俺のほうを見た。


「大丈夫だよ。使ったって何年かでしょ。物持ちいいね」

「新しいのいる?」

「いいよ。わざわざ」

「いや。ちゃんとしたのにしないと。進化してるんじゃないの? もっと安全なもの」

「……見たら驚くと思うよ。お値段」

「分かってるよ。相当高額だもんね。ベビーシートはこれでいいかな」

「うん」

 話し終えると遥さんは手を軽くパンと叩き拳を軽く突き上げた。

「じゃあ、結。ドライブにレッツゴー」

「……」

「優さんも。レッツ……」

「ゴー……」


 エンジンをかけて家を出た。

 俺のお財布も有限だ。無理しない範囲で二人のものを買うことにする。

 このことを頭の片隅に入れておこうとするが、後にその考えは抜け落ちることになる。

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