6話 本題
「単刀直入に、これからどうするんですか?」
俺のより重みを増した声で、彼女も真剣かつ不安そうな顔になる。
「……正直かなり困っています。アルバイトしようにも結がいるし、預かってくれる人もいませんので……」
「そうだね。じゃあ、いつまでここで休みますか。入ってくるとき一晩って、少しって言ってたけど」
「……迷惑ならすぐにでも……出ていきます……よ」
俺のことをチラチラ見ている。
そうは言っているが知らない間に正座していた足も崩して用意したひざ掛けもバッチリ使って、長話でコップの氷も溶け切っている。
冷水筒を持ってみるとおかわりは空になっていて、用意したお茶菓子も見事にお腹の中に入ったようだ。
洋服にクッキーのかけらが散っている。
自分の家かのようにくつろいでいる。
気が付いたようでティッシュペーパーで集めて丸めた。
「出ていくつもりないですよね……正直に言ってください。」
「……てへ」
顔を見ればわかる、出来ることならしばらくここに置いてほしいと。
入れたときは、少しだけと心に決めたが、もう別に構わない。
ただ、遥さん自身から、ここにいたいって素直に言ってほしい。
口で伝えないと本当にここに居たいかわからない。
それよりも、結ちゃんを育てるためにどんな場所を望んでいるのか、お母さんから聞きたい……明らかだが。
「仮にここを後にしたらしたで、またピンポンですかね。お金もないのに」
「そう……なります……かね」
「これから結ちゃんどうするんですか?」
「どうなるんでしょうね……」
「どこでどうやって育てるんですか、これから幼稚園から始まり小学校中学高校と歩んでいくんじゃないですか。大学とか専門学校とかにも行くかもしれないよ。病院代払えてないのに、この状態では行かせられないよね」
今の時代は大学に行くことも珍しい話ではなくなっている。
そのためにはたくさんの教育費が必要である。
「……はい……私も行ってないですけど……この子にはいろんなことを経験してほしい……たくさん遊んでたくさん勉強してほしい」
現実的なことを耳にして、一気に肩を落とした。目先のことで精いっぱいであろうが、現実問題、一日一日成長してあっという間に幼稚園や学校に行くことになる。
「それ以前に今どんな環境に置くのが結ちゃんのためだと思いますか。将来じゃなくて今、生きていくために。未来につなげるためには今どうにかしないと。今、食っていくために」
「普通に……家……。あったかくてちゃんと育てられる場所」
「家が結ちゃんにとって最適な環境ということですね」
「はい……」
家という一言が彼女にとってどれほど重たい言葉だろうか。
結ちゃんが生まれてから安全に育てられる場所にいなかった。
家に入れてもらったこともあるようだが,今ここに居るということは結ちゃんにとって安全な場所ではなかったということだ。
「遥さんにとってはどうなんですか、結ちゃんも遥さんもどっちも最適な場所のほうがよくないですか」
「私も……屋根がある家が……もう外は嫌です……」
ちょっと言い過ぎたかな、聞きたいこと聞けたからこの辺で助け船を出しておきますか。
遥さんが結ちゃんを見る顔を見ると心が痛くなる。
「じゃあ、何かの縁なので少しだけお助けしますか」
「でも、そんなこと……」
「じゃあ、野宿するのかな、今日の夜も寒いよ」
俺は窓のほうを見て言った。
「……助けてください。お願いします」
まっすぐ俺の目を見る遥さんの目からは、再び一筋の涙が流れ始めている。
「わかりました。それを聞けてよかったです」
「ありがとうございます」
「半分俺が誘導したかもしれませんがちゃんと助けてほしいって言って欲しかった」
“助けて”のその一言が聞きたかった、ただそれだけだ。
その遥さんから流れるものは本当の気持ちであることを示している。
「はい……最初から言えてればよかったのですけど」
「この世の中は自己責任ですから。どんなことがあってもね」
「そうですよね……」
「まぁ、今までピンポンしてたってことらしいので、アクションを起こしていた点では行動力があるのかもしれないけど……やり方が悪かった。ローラー作戦で、誰彼構わずにピンポンピンポンするのは」
「おっしゃる通りです……」
「会って数時間良く喋る男で信用ないかもしれないですけど……よくわからない変な人よりかはいいでしょ。自分で言うのも違うかもしれないけども」
「そうですね。とっても喋る人だなって思います」
言われたことはない、思われているかもしれないが。
でも、二人のことを見ていると口が勝手に動いた。
「ただし、赤ちゃんは別。誰かの力なしでは大きくなれない。自分じゃどうしてほしい、ああしたいって言えないのだから。……いや、泣いてヘルプを伝えているから大人よりはいいのか……」
大人になればなるほど言えないことが増えてくる。
そう思えば赤ちゃんは何をしてほしいかは言えないが助けてほしいということは伝えることができている。
そう思えば素直さの塊だと思った。
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