5話 姿勢

「ホテル代あったんですか? ギリギリまでアルバイトしているのに」

「数日は病院で。ホテルは退院後三泊、その後は週一、二回ぐらいかな。合計で六、七泊ぐらい? 土日は高いから、泊まれないし。格安ホテル探してなんとかですね。高校時代からの貯えを全投入してました」


 約七日間もホテルだったら大分お金もかかるだろうし、食べるものも困っただろう。


「あとは……カラオケとか……」

「え、カラオケ?」

「うるさくしてもいいかな~って……ホテルより安いし……」

「合理的って言っていいのかな……」


 泣き声を気にしないでいられるというのは確かにその通りだ。

 ホテルやカラオケを繰り返してお金が尽きてピンポンダッシュして……


「あれよこれよで今ここにいると」


 目の前でコクリと頷く、そして苦しい昨日について口を開いた。


「実は……ですね……昨日はとうとう野宿でした。一日中外で。本当にお金が無くなったので……。ピンポンを鳴らしても、怪しい女と幼い赤ちゃんだと出てくれる人は少ないです、昨日はほとんど出てくれませんでした。平日だからかもしれないけど」


 昨日この家を訪れていたら俺はいなかった。

 普通に家を出て会社に行って夜に帰ってくる普通の生活をしていた。


「それはそうかもしれませんね。正直、遥さん一人だったら入れてないと思いますよ」

「それが普通です。とにかく怪しいですし。赤ちゃんがいますし、いつ泣くかわからないですし。でも……優さんがいてくれて本当に良かったです。お風呂まで用意してくれて……心から嬉しかったです。結のあせもとかぶれが悪化するところでした。薬は案外高いんで……」

「あっいや。そうですか」


 だから、久しぶりに温まったという事か、しっかり洗えたという事か。

 ビジネスホテルのユニットバスは家庭用よりは狭いし、まだ小さい結ちゃんがいるから長湯はできない。

 そもそも出産した直後はシャワーしか入れないか。

 温かい場所を提供できてよかった。


「何よりも結のことを思って動いてくれるのが本当にうれしいです。私も結も」

「それはあるかもしれません。赤ちゃんは守られるべき存在だと思います。お母さんもですけど」


 首を横に振る遥さん。結ちゃんの頭を優しく撫でている。


「私はどうなってもいいんですよ。結が生きていてくれれば。こんな思いさせている母親ですけど」

「……お母さんしているとおもいますよ、ちゃんと」

「へ」

「だって、さっきトイレ行った時も風呂に行ったときも、私が見ていないといいました。それを聞いただけで俺はできたお母さんだと思いましたよ」


 こんなに小さい結ちゃんだ、心配するのはお母さんの心情は理解できる。


「ピンポン鳴らしたとき遥さんは寒そうな恰好なのに結ちゃんはあったかくきれいでしたよね。それは結ちゃんに苦しい寒い思いをさせないようにと思ってのことでしょう。」

「母親として当たり前だと思っています」


 しっかりとした目と口調で言った。やっぱり、お母さんだ。


「そうですね。でもその当たり前ができない人がいくらでもいるんですよ。車に一人にさせてパチンコ行ったり、十分な食べ物与えなかったり。完全に親が悪いですよね。」

「……そんなニュースも聞きますね」


 実際にテレビやインターネットニュースなんかでもこの手の事件は何度も目にした。

 もし自分が車のなかに長い時間放置されていたら、食事をとることができなかったらと考えたらそういう行為はできないはずだが、このような事件が起きていることも事実である

 遥さんは親としての責任感は人一倍強いことを肌で感じる。


「自信もっていいんじゃないですか」

「そうですか。自信が少し取り戻せました」

「すいません、偉そうに」

「いえいえ」


 遥さんは嬉しそうに笑うが、一番大事な話に入る。

 遥さんと結ちゃん、二人の未来について問う。

 テーブルの上のお茶を一口飲んだ。

 コップの底に沈殿していて苦かった。

 そして、彼女の目を見て話し始める。

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