4話 事情
「私は……
遥さんという女性は正座したまま澄んだ瞳で俺のほうを見て自己紹介をした。
「
「ピッタリの名前ですね」
「そう……ですか」
「はい。あと私は20歳です」
「なるほど、20歳でしたか」
「驚かないんですか?」
「いや、多少は驚いていますよ。まぁ、いろんな人がいますから」
「そういってくれる人は初めてです。今まで出会った人は口を揃えて、早いって言ってくるんで」
確かに何となくは分かる、20歳で赤ちゃんを連れているっていうのは俺は見たことがなかった。
でも、世の中にはもっと若くしてということもあるだろうからそこまで驚きという感情ではなかった。
「最近なんですよ。20歳になったのは。1か月前ですね……お分かりの通り、19歳の時に結ができたんです。若いですよね。自分でも思いますよ」
「まぁ、若いですかね。えっと、配偶者……お父さんは?」
無意味な質問だが一応聞く。
首を縦に振り肯定する遥さんの額に汗がにじんでいて、表情も硬くなった。
自分の汗に気が付いたのか首にかけているタオルでふき取っている。
言いにくそうにしてから、小さい声で言葉を放った。
「……ほかに女がいたみたいでして……すいませんが今はここまででいいですか」
「はい。嫌な思い出ですよね……ごめんなさい。無理に言わせて」
何日かしたら父になろうかというのに裏切り行為を行い、後々親子を苦しめたということ、出ていきたい環境だから、自らこの道を選んだということだ。
「結の父親にあたる人は二学年上だったんですよ。私が高校卒業した後、結婚したんですよ。これはこれで早いですよね。相手の親は何も言わなかったですし、私の親には言いませんでした。で、私は早くに子供が早くほしかったんで……結婚してすぐにお願いしました」
「なるほどなるほど」
俺はうなずきながら遥さんの話を聞き続ける。
「まぁ……あの空間にいたくなかった……出て行ったのは最悪なタイミングでしたよ……生まれる前……このぐらいですよこのぐらい。動きづらかった……」
遥さんはお腹に手を当てて当時の大きさを表している。
それを見る限りは本人の言うように、もういつ生まれてもというような膨らみ具合だと思う。
歩くことも息することもきついのではないかというようなほどだと思う。
「もう、離婚しています。届は出しました」
「そう。じゃあ、結ちゃんは?」
そんな不貞男のことなんか知らないし気分悪くなるから、これ以上は質問しないが、現実問題結ちゃんはこの家にいる。
遥さんは氷が溶け始めたお茶を口に含んだのち下を向いて話し始めた。
「……経済力も何もないのに赤ちゃんを作ったので。準備不足を指摘されても反論できません」
「親には伝えたの?」
「伝えていません。本当に仲が悪い……というより無関心だったので……その後も一度も会ってません」
この世界にはいろんな家庭があり幸せを築いているが遥さんの家庭はそうではなかった。
つまり遥さんは一人ということだ、頼れる人がいない、身を寄せる場所がない。
「そう言ってくれてうれしいです。お金もなかったのでギリギリまでできるアルバイトをして食いつないでいました」
飯を食べていくためにはお金が必要でそれを稼がないと生きていけない。
しかし、それはお腹が大きくなっても続けて行けるものではない。
産休という制度があることが説明している。
出産の準備に充てる時間をアルバイトに使うということはひっ迫する財布事情であるだろう。
「そうですか。……それは大丈夫じゃなかったでしょう」
「大丈夫じゃない……というのは……??」
「だって、人間の体の中にもう一人人間がいるわけですよ。それで何か働くなんて……ね。難しいですよね、なかなか」
「いえいえ、おなかが大きくなってからはさすがにしてませんよ……あんまり外からわからないぐらいの中ぐらいまではなんとか……結構きつかったですけど」
最初は目に見えないほどの受精卵とはいえ、最終的には160センチ50キログラムの人間の中に50センチ3キロの人間が宿る。
お腹が大きさにかかわらず体調がよくないことも多いはずだ。
普通大丈夫じゃない、大丈夫なはずがない。
でも、彼女は生きるために動いた。
「人間の中に人間……すごい表現ですね。まぁ、でも本当のことですね。でも、元気ですよ。心配しないでオッケーです」
遥さんは指でオッケーマーク見せた。
「病院に行っていざ産むと……産まれてくれてありがとうですね。安心した、ホットしたですかね。生まれてきてくれてよかったですって、一言です」
結ちゃんを見る遥さんのは優しい顔だ。
撫でられている結ちゃんの顔も幸せそうだ。
この顔を見るために長い時間お腹で育てている。
つらい時間もあっただろうが、よかったの言葉がその時間を癒してくれている。
「結ちゃんの寝ている顔を見られないなんて逃げた男も親御さんも残念ですな。他人の俺が見られてるのに」
少し笑ってくれたがすぐに現実に戻ったようだ。遥さんの顔から笑顔が消え不安そうにする。
「でも……入院費諸々を払えるわけもなくて待ってもらっています……というより逃げました……請求書もらったんですけど……一時金みたいなのを差し引きしても結構残って、そのあとのこと考えたら払えませんでした……。そして生まれたてほやほやの結のために野宿はできないので安めのビジネスホテルで過ごしていました。移動は結に負担になることは分かってますけど……そもそもホテル暮らしなんて赤ちゃんによくないとわかっていますけど……。そしてお金が尽きかけるとお家のピンポン鳴らしていました……鳴らして出てきたのが怖そうな人だったときは、やってはいけないことだとわかってしましたが……ピンポンダッシュを……」
「懐かしい言葉ですな……ピンポンダッシュ……」
「はは……。悪い人ですよね」
この様子だと結構な回数をしてるみたいだ。
やってはいけないことだけどやらないと生きていけないということか。
そうでもしないと生きていかれないということはそもそもホテルに泊まれるお金はあったのだろうか。
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