2話 赤ちゃん
ここの空間には俺と赤ちゃん、どうしたらよいのだろうか。
待っている間正座していた。
赤ちゃんを見ていたら目をあけていた、そして目が合った。
まだすべてをはっきりとは見えていないだろうが。
取り敢えずお辞儀でもしてみた。
赤ちゃんは特に気にすることもなく再び目を閉じた。
目が合って泣かせてしまうかと少しドキドキしたが何事もなくてよかった。
するとドアが開き、彼女は帰ってきた。
「見てもらってありがとうございました。ご迷惑かけませんでしたか」
「はい、癒されました。本当にかわいいです。小さいです」
「そう? ふふふ、赤ちゃん、好きですか?」
笑顔という笑顔を初めて見たかもしれない。
「まぁ、好きなのかもしれないね」
「そんな人の家で休ませていただき幸運です」
「そうですか。良かったです」
ホッとした顔を見せてくれてよかった。
赤ちゃんを見ている女性の顔が俺の方向に向き口を開いた。
「あの……聞かないんですか?」
「何をでしょう?」
「私たちのことを……どうしてこんなことになってるとか」
「聞きますよ」
「へ」
少し驚いた様子だったが、家に入れた以上は聞かなければならない。
「そりゃあ、こんなに寒いところに女の人と赤ちゃん。しかもこんなに小さい。事情があるのでしょう」
「……訳がなかったらこんなことになってませんからね……」
「聞かれたくないこともあるでしょうけど、言える範囲でいいですけど聞きますよ。家に入れちゃったんで」
少し間があったあと心を決めたのか声を張って話し始めた。
「そうですよね、突然、変な怪しいどこの誰かもわからない女が現れて、しかも赤ちゃん連れて。わかりました。お話聞いてください」
勇気を出してくれたようだが俺は両手を目の前にして止めた。
「いったんストップで。聞きますけど待ってください」
「どうしたんですか?」
そろそろお風呂ができる時間だ。
先に入って暖まってもらうほうが先だ。
長くなるであろう、事情聴取をこの冷え切った状態で進めることは難しい。
「お二人の替えの着替えはありますか?」
「……ありますけど」
「よかった、さすがに赤ちゃんの服は持っていないので、タオル類用意してありますからとりあえず。どうぞ」
まだなにか分かってない女性に風呂の方を指さして笑顔を作って俺は言う。
「とりあえずお風呂入ってください。リクエスト通りにお湯を張りました。寒かったからまずは芯から温まってくださいよ。今この状態でお話してもダメです。説教は一回あったかくなってから」
彼女は目から大粒の涙を流している。
よく泣く人であることが出会ってからの時間でわかったことだ。
「ここまでしていただいて……ありがとうございます。何も返せませんよ?」
「ああ、泣いたら赤ちゃんにも移りますから……これって都市伝説ですか?」
「そうですよね、笑っていなきゃ」
涙をぬぐって笑顔を見せてくれた。
「まぁ、泣きたいこともありますよね。温度は41℃にしたんですが……あんまり分からないんで……あとは水で調整してください」
「いいと思います。ありがとうございます」
親指と人差し指で丸を作った。
「この家、ベビー用品なんてないんで……温まるだけかもしれませんけど。まだ沐浴シーズンですかね。その環境はないですけど……」
クスっと少し声を出して笑ってくれた。
「あったらわらっちゃいますよ。しかも沐浴なんて言葉よく知ってますね。私も妊娠しなければ、そんな言葉知らなかったです。ふふふ、スキーシーズンみたいな言い方初めてですよ。面白いです」
「そうですか……すいません」
「いえいえ、ベビーバスは空気式があるので大丈夫ですよ。持ち運びができるんですよ。でも、沐浴シーズンもそろそろ終わりかなって思いますけど」
ベビーバスは持っていたと聞き、赤ちゃんにとっていい入浴時間になると思った。
「じゃあ良かったです。やりたいようにやってください」
そう言って赤ちゃんの服だったりを出して準備を始めた。
「じゃあ、あなたが入るお湯はもう少し熱いほうが良かったら、熱くしていいですから」
「そうしますね」
「シャンプーとか極々一般的なものしかないですけど……」
「私も立派なものは使ったことないです。使わせてもらいますね」
他に伝えてないことがないかを考えた。
「そうだ、あと、風呂場のタオルは全部新品なので使いまくっていいです。なんか一人で入れると赤ちゃんの体拭いたり大変でしょ……あと床は冷たいから敷いて使ってもらっていいですよ。でも、沐浴じゃあ二人では入れないですね……あっ、ガーゼか。ガーゼ必要って聞いたことあるな」
「あるんですか」
「はい。なんかいろいろあるんですよ、この家」
「そうですか、ありがとうございます。いろいろ用意してくださって」
「よかったです。満足できるかわかりませんけど」
「ふふふ、結。こんなに暖かい人がいてくれてよかったね」
「ゆい」
突如彼女の口から出た名前をつい復唱した。
「ああ、この子は
顔を見たら確かに結ちゃんって感じな気がする。
「いい名前ですねって簡単に言っていいのかわかりませんけど。いいと思います」
「よかったね、結。あっ、私の名前は――クシュン」
目の前の女性は小さくくしゃみをした。鼻水も出てしまったようだ。
ボックスティッシュを渡して引き抜いてもらった。
「すいません」
「風邪ひくからあとにしましょう。二人とも外にいたんだから。」
「わかりました、お風呂行ってきます。じゃあ、結、おふろです~」
そうして風呂場へ消えていく二人を見て俺は何とも言えない感情になった。
二人はこれからどうするのだろう、まだ詳しい話を聞いてはいないけど。
数分したら風呂場から声が聞こえてきた。
「おにーさん……」
おにーさんというのは俺のことだろうか、俺しかいないだろうな。そんなことを頭に浮かべ風呂場の扉まで行く。
扉が閉まっているから外から声をかけた。
「何でしょうか。何か足りない?」
「開けていいですよ。来て~」
洗面所とお風呂につながる扉を開けたら困った様子を見せた。
「なんか穴開いちゃったみたいなの。どうしよう……」
持ち運びができるバスは空気を入れて膨らませるものを使っているビニール製のようだ。
ビニールプールにとがったものが刺さって穴が開くようなことが起きている。
「無理やりカバンに入れてたから……どうにかなる……かな?」
「う……ん、ちょっと待ってて」
ガムテープを持ってきてとりあえず穴に貼って膨らませた。
しっかり周りも貼って固め、ベビーバスの中にお湯を張る。
「はいよ。破けたの表面だし、強力じゃないからあんまり長くは持たないかもしれないけど。さっと入っちゃいな」
「ありがとうございます。お手数をおかけしました」
問題なさそうなことを確認し彼女は長袖の腕をまくり結ちゃんをお湯に入れた。
俺はその様子を見ながら、湯気からほんのりと赤ちゃんの匂いがする風呂場を後にしてリビングに戻った。
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