1話 あたたかさ
リビングの中はストーブにより外とは比べ物にならないほど温かい。
ストーブの燃焼している匂いがより温かさを増す。
リビングに通すとどうしていいのかわからないような雰囲気を醸し出している。
部屋の中をきょろきょろと見ている、初めての家ならだれでもそうなるだろう。
「ああ、ソファーと床ってどっちがいいのかな? 赤ちゃんを連れた人ってほとんど接したことがないから。どうしますか?」
「じゃあ、床に座ります。床のほうが……いいです」
「じゃあ、ちょっと待ってて」
俺はそう言い残してお客さん用の座布団と毛布を数枚用意した。
「これ赤ちゃんに使って。新しめなのでキレイだから。痛くならないといいです。毛布も掛ければあったかいですかね。あなたも敷いて使ってください」
「……ありがとうございます。私は廊下の隅でいいのですが。この子には温かく過ごしてもらいたくて……」
「重たい……腰痛い……」とつぶやきながら、赤ちゃんを重ねた毛布の上に置きながら答えた。
赤ちゃんは手をグーにして目を瞑っている。
「そうですよね、まだ小さいですしね」
取り敢えず赤ちゃんは適温で過ごせそうで安堵した。
女性は少し安心したような顔で目の前の赤ちゃんを見ている。
改めて俺も赤ちゃんに視線を移すとはつい言ってしまった。
「かわいいなぁ。小さい」
「えっ」
「あっ、つい。赤ちゃんを見る機会がほとんどなくて。でも、かわいいですね……天使みたいな……他人がそんなこと言うのはおかしいですかね」
「いえ、嬉しいですよ。本当にかわいいですし……天使ですよ。ムチムチです」
自分の子供をかわいいと言われたことが嬉しかったらしく優しい顔つきになった。
その間にキッチンに向かい俺は鍋でお湯を沸かす。
「お茶を入れようと思うんですけど飲んでいいんですか?」
女性は俺のほうをみて首を縦に振った。
お茶をお湯から入れたのはいついらいだろうか、そんなことを考えながら戸棚からお茶を探す。
「おっ、ノンカフェインありましたよ。ラッキー」
戸棚を漁っているとノンカフェインの紅茶パックを見つけた。
「ラッキーなんですか?」
女性のほうを見ると不思議そうに見ている。
「そんなに小さな赤ちゃんなら、おっぱいというか母乳飲みますよね。カフェインはよくないって聞いたことがありますけど……」
驚いた顔でこっちを向いている……知りませんでしたみたいな。
「……そうなんですかね。ありがとうございます、気遣ってくださって……大量摂取じゃなきゃ大丈夫……だと思います。ありがとうございます」
鍋からポットにお湯を注ぎ紅茶を入れてリビングに持っていく。
「どうぞ、外は寒かったですよね。雪降るとか降らないとか」
「はい、すごく寒かったです」
「まぁ、とりあえずゆっくり休んでくださいよ」
下を向いたまま淹れ立ての紅茶のカップを両手で包み込んでいる。
「あったかい……」
熱いだろう紅茶をゴクゴク飲んでいる。
淹れ立ての紅茶が一瞬で空になった。
「ポットにお代わり入っているんで。どうぞ、飲んでください」
「す、すいません。本当に寒かったんで……お風呂に入れたい」
「ん」
「な、なんでもないです……」
下を向いて口が滑ったことを悔いている様子である。
その小さい声を聞いた俺は風呂場に行ってお湯を張りに行った。
人の家で風呂をお願いすることを遠慮する気持ちは分かるから聞き返さなかった。
見た感じ沐浴の時期なのかもしれないがそんな環境はさすがにない。
大体38~39℃がいいということはなんとなくの感覚だ。
知らない人の風呂に自分の子供は入れたくないだろうから準備があるのだろう。
いや、あのカバンにそんなものが入っているとは考えられない。
彼女の工夫があることを信じて、とりあえず40℃でセットした。熱いなら水を入れるなり、冷たいなら沸かし直すなりして微調整はいくらでもできる。
そして、バスタオルを用意して脱衣所に置き彼女たちのもとに戻った。
女性は俺が帰ってくると待ってましたかのように話しかけてきた。
「あの、すいません……」
「どうしましたか」
「……お手洗い、お借りしてもいいですか」
「ああ、どうぞ。扉出てそこです。えっと……」
気になったのは横になっている赤ちゃんだ。
「すぐ戻りますので、少しだけ見ていてください。今は落ち着いているので大丈夫だと思います。私が目を離してはいけないのでしょうけども……すいません」
申し訳なさそうに話しているが、他人の俺に託して心配じゃないのだろうか。
「大丈夫ですよ。でも、他人の俺でいいんですか」
女性はうなずいた。
「信用できますよ。ちょっと見てて下さい。すぐ戻ります」
手短に回答をした彼女は足早に廊下へ姿を消した。
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