第98話 「お礼参り」連れ去り

ある日唐突に事件が起こった。


「ねぇ。やっぱり辛いの?見てて痛々しいんだけど…」

エマは唯に言った。


「はい。どうしていいのか分からなくて…」

唯は東一郎の豹変ぶりにショックを受けていた。

それはエマも同様であったが、エマは気丈に振る舞っていた。


その日もエマとユリは唯と一緒に放課後駅までの道を歩いていた。


「全くアイツも何考えてんだか…」

ユリはボヤくように呟いた。

「……。」

エマは何も言わなかった。いまだに信じられないのであろう。

「あ、あの、すみません。気を使ってもらっちゃって…」

消え入りそうな声で唯は二人に言った。


「もういいって。唯!アンタがどう思うかは知らないけど、私は好きでこうやってるんだよ。水島くんも関係ないし!」

エマはそう言うと唯の背中をポンと叩いた。


「あー、ロッカーにスマホ忘れた!最悪!ちょっと先行っててー」

ユリは自分のスマホがないことに気がつくと慌てて学校へと戻っていった。


「何やってんだか…」

エマは呆れ顔でユリを見送った。


「エマさんとユリさんは仲良いんですね」

「まぁ、昔っから一緒にいるからねー」

唯はここ最近よくエマとユリと3人で居ることが多かった。

エマとユリと比較するとどうしても地味なイメージであったが、性格の良い唯はエマとユリからも好感を持たれていた。


他愛のない会話が唯にとっては楽しかったし、何より気が休まった。誰も味方が居ないと思っていた教室で暗い気分がエマの明るい言動とユリのさっぱりとした性格に救われていたのだ。

唯が学校に来られている原因は恐らくこの二人のおかげと言っても過言ではなかった。


そんな二人が歩く姿を見ている人間がいた事に二人は気が付かなかった。


「おい、あれ…」

「そうだな。よし。確認しろ」

男達は二人を先回りすると、スマホの動画を密かに撮った。


「よし。確認しろ」

「ああ。分かった」

男はどこかへと連絡を取っているようだ。


「確認が取れた。間違いない」

「分かった。車を回すように言うぞ」

「ああ。焦るなよ」

「分かってる」

男達はそういうと、別れるとどこかに姿を消した。


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「じゃあ、私こっちだから!」

「はい。じゃあ。また明日」

「あのさ!唯!」

「はい?」

「あー、もう慣れたけどさ。その敬語そろそろヤメてくんない」

エマは少し照れたように行った。

「あ、はい…すみません…」

「ふふ。もういいよ。じゃあね!」

エマは唯に手を振ると、モデルのバイトに向かうため私鉄の駅の方へと歩いていった。

唯は地下鉄の駅へと向かった。


「お、おい!別れちまったぞ!?」

「はぁ?!どっちだよ?」

「やべぇぞ。しょうがねぇ。こっちも別れて行動するように伝えろ」

「両方ともさらえ」

「いいか。絶対に人目につかない所でやれよ!」

「分かってる!」

そこに居たのは5,6名の男だったが、慌てて二手に分かれるそれぞれエマと唯を追うのであった。


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エマはバイト先であるモデル事務所に寄ってから現場に向かう為、バイト先のある駅へと向かった。

基本的に人通りが多くある通り道だ。


エマはモデルのバイトをしているが、所謂本業のモデルと言うよりは読者モデルとの中間という状態であった。

事務所には所属しているものの、本格的なレッスンやオーディションはあまり受けず雑誌専属の活動と言う形だ。

高校生のモデルは専業のモデルと比べて、縛りはゆるい代わりに仕事が多いわけではないが、エマはこの仕事が気に入っていた。

ちょうどよく働けたし、何より撮影も楽しかった。

高校を卒業したら本格的にモデルの仕事をするつもりではいたが、果たしてこれで良いのか?エマ自身まだ確信を得られたわけじゃなかった。


エマは時計を見ると、事務所に行く時間よりも30分ほど早く着いた事に気がついた。事務所に行く前に、コンビニにでも行こうと方向を急に変えて路地に入った。


路地に入ると二人の男と鉢合わせた。

男達はエマが急に現れたのでぎょっとした表情であったが、顔を見合わせるとエマに近づいてきた。

エマはやばいと感じて慌てて引き返そうとしたが、男の一人がすっとエマの腕を掴んだ。ちょうど道から入った細い路地で、エマに気がつく人は誰も居なかった。


エマは悲鳴を上げる前に、男がエマの顔の前にナイフを突きつけた。

「動くな!騒ぐなら刺すぞ」

男の声は焦る様子もなく、淡々としていた事にエマは背筋が凍った。

コイツは本当に刺すだろう。そんな確信めいた理解をエマは瞬時にした。

ナイフで顔が傷ついたら、もうモデルの仕事はできなくなる。エマが声を上げるのを躊躇した理由はこれが大きなものであった。

男達は電話を掛けると、すぐに車が来て路地に横付けした。

エマは大柄な男が乗る車の後部座席に載せられた。

それほど抵抗しなかったのは、抵抗しても無駄だと分かっていることと、恐怖と絶望が彼女を支配したからであろう。


「おい。コイツであってるか?」

「ああ、間違いない」

「よし、早く出せ」


車には運転手のほか、助手席に一人後部座席に二人。エマを挟む形で座っていた。

車の男達は、ほとんど会話もせず静かな車中であった。

異様な雰囲気のまま、車はゆっくりと走り出した。

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