第95話 「友達以上」女の対決
学校の噂は思った以上に早く出回っていた。
ただの乱闘騒ぎにしては割と大騒ぎになった、理由は男達の怪我の度合いが酷かったためだ。
一人目の男は後頭部を強打したことによる頚椎捻挫と脳震盪で全治2週間。
二人目の男は顔面を椅子で殴られたことによる眼底及び鼻骨の骨折で全治3週間。
最後の男は、顔面骨折、肋骨骨折つ3箇所、右足半月板損傷、全治3ヶ月以上の大怪我であった。
東一郎は警察署に留置された後、少年鑑別所に送致されることになった。
今回の事件に巻き込まれた女子生徒3名とエマは学校を数日休んだ。
飲酒したという事実が発覚し、女子生徒3名は停学処分1週間がくだされたが、これは事件で好奇の目を向けられる事を緩和するための学校側の温情措置に近いものであった。
エマは殴られたショックをほとんど見せず、数日学校を休んだ後にいつもと変わらぬ様子で登校してきた。
ユリとヤマトはクラスメイト達からも質問攻めにされたが、彼らはほとんど何も言わなかった。
東一郎は相手に大怪我をさせた事で批判も有ったが、女子生徒を助けたヒーローとして祭り上げられていた。
「水島君、ヒーローみたいだね」
「ちょっと、マジかっこよくない」
「普段爽やかなのに、やるときはやるんだねー」
普段おとなしい進学校の生徒たちは、街の不良を退治した東一郎に対し称賛の声を上げた。
「エマちゃん、助けに入って殴られたらしいよ」
「えー!?チョー可哀相!でもすごい勇気だね!」
「可愛い上に、そんな事できるなんてすごすぎ!」
エマに対する称賛もまた、東一郎と同等かそれ以上の評価であった。
その一方、唯たちに対する噂話は一方的で辛辣であった。
「あの子達って、何か慣れてなさそー」
「てか、ナンパされてホイホイ付いていくの?」
「バカみたい。自分のこと客観視出来ないと哀れだね」
「エマちゃんと水島君居なかったらどうなってたんだろうね」
「ナンパされる子達なの?笑える」
「うわー、何か引くねー」
クラスに唯達が現れたのは、事件からちょうど一週間が経ったときだった。飲酒の事実が発覚し停学が解かれた。
当然クラスメイトたちの視線は冷たかった。
2年生に上がって、東一郎は相変わらずクラスの人気者であったのが、彼女達のせいで停学処分になったという事が、一部生徒の反感を買っていた。
特に東一郎と同じクラス、しかも東一郎が親しげに話しかけていた唯にとっては居た堪れない気持ちであった。
普段仲の良い友達ですら、唯に話しかけることはしなかった。
唯は学校に登校したものの、3日目には休んだ。
唯は傍目で見ても、憔悴しているしクラスメイトたちの目もまた厳しいものがあった。それは彼女が何ら言い訳もせず、何も語らず弁解もしなかった事で、周りの生徒達は彼女に歩み寄ることも出来なかったという側面もあった。
唯はその日もまたほとんど誰とも話さずに、休憩時間も何も言わなかった。
ずっと悲しげな表情で、ただ机に座っていた。
昼ごはんすら食べたのかよくわからないほどであった。
クラスメイト達は誰も唯に話しかけなかった。まるでその場に存在しないかのような腫れ物に触れるような扱いであった。
そこに一人の女子生徒が入ってきた。
エマであった。エマは怒った表情で二年H組に入ってきたのだ。
「ねぇ。ちょっといい?」
エマはそういうと、唯に対して上から言った。
「え…。はい…。」
唯はエマを見ると顔を強張らせた。エマはそれだけ言うとすぐに後ろを向いて教室から出ていった。
唯はゆっくりと立ち上がると、エマの後をゆっくり追いかけるようについていった。
「ええ!?何々!?修羅場!?」
「うわー、すっげー!マジで!?」
「うわー。対決?対決?」
その場に居あわせた生達は、有る事無い事想像して盛り上がった。
ちょうどその時戻ってきたヤマトに、クラスメイトが今あったばかりのことを話した。ヤマトは慌てて教室を出ていった。
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「あ、あの…」
唯とエマは使われていなかった音楽室に居た。唯は教室に入るなりエマに言った。
「この前は…その、ありがとう…ございました…」
消え入りそうな、泣きそうな声で唯が言った。
「…。」
エマは何も言わなかった。唯は頭を下げたまま、涙を流していた。
「ちょ、何で泣いてんのよ?アナタ何なの?」
エマは唯に強い口調で言った。
「ごめんなさい!皆に迷惑を掛けちゃって…。水島さんにも…」
唯は話しているうちに声が小さくなった。
「ねぇ。あのさ。アナタ停学になったんでしょ。そんで何で何も言わないの?何でそんな加害者みたいな事になってんの?」
「え??」
「だから!アナタや友達は、襲われたんだよね!なのに、何でアナタが黙ってんのよ。アナタは言わなきゃ駄目なんじゃない!?」
「……。」
「水島くんに助けてもらったって!」
「アナタは被害者、アナタは何も悪くないじゃない!なのに何でそんな悲しそうな顔してんの?だったら助けられたくなかった?」
「違う!助けてもらって!本当に良かった。私達バカみたいにあんな人たちの事信用してしまって…」
唯はそう言うと、膝をつくようにして泣いていた。
「水島くんがね。アナタがとっても良い子だからって、だからアナタに笑っててほしいんだって」
エマはそう言うと拳を握りしめた。
「え…」
「なのに、アナタはまるで逆じゃない!助けてもらって、そんで逆に辛そうにしてる!水島くんはアナタを悲しませる為に助けたわけじゃないんだよ!」
エマは肩を震わせてそう言った。
「で、でも…私達のせいで…ううん。私のせいで…」
唯は涙ながらにそう言った。
「へぇ…分かってるじゃん。そう!アンタのせい!アンタのせいで水島くんは捕まっちゃった!」
エマは唯の方を掴むと揺さぶった。
「……つ」
唯は何も言わずただ下を見た。
「わかんないの?アンタの為にやったんだよ。水島君。他の子だったらきっと、そこまではやらなかった。だから、アンタが悲してんでたら何の意味もないんだよ。アンタは今までと一緒に、ただ笑ってれば良いんだ!」
エマは怒ったような、涙を流しながら唯を叱った。
「だから…笑ってよ…」
エマはそう言うと膝をついて嗚咽を漏らした。
ヤマトは音楽教室の扉の外で立ち尽くしていた。
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