第88話 「再会」新事実
「おい、いつまで寝てんだ」
東一郎はそう言って水島瞬の顔を軽くビンタした。
「!!?」
水島瞬はハッと気がつくと、東一郎を見て驚いた顔をした。
「俺の勝ちだ」
東一郎は静かにそして有無を言わせない圧で言った。
「……。」
水島瞬は唇をかみしめて下を見た。
見た目のダメージで言えば、1対9で水島瞬の勝ちと思えるレベルだった。
「約束だぞ。ちゃんと話せよ…」
東一郎は座り込んで身体を動かすのがきついのか顔をしかめていった。
「やっぱり強いですね…。僕が憧れた神崎東一郎だ…。」
水島瞬は、ようやく東一郎に話しかけた。声は先程と違って冷静だった。
「てか、ちょっと強すぎだろ。マジで何なの?」
東一郎は半笑いで水島瞬に聞いた。
「教えてもらったんです。佐々木さんに…」
「ああ、アイツか、余計なことしやがって…」
佐々木とは、東一郎のジムの同い年のトレーナーでよく東一郎の面倒を見ていた一人だった。
「それと小鳥ちゃんにも…」
「はぁ!?お前、小鳥に会ったのか?ていうか、だったら…」
「はい。あずささんにも会ってます」
「おいおい、まじかよ。まだ別れる前か…」
「まぁ、良いや。教えてくれよ。お前のこれまでを。俺もちゃんと話すから」
東一郎は水島瞬に声をかけた。
水島瞬は諦めた顔をして、小さく頷いた。
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水島瞬が神崎東一郎を知ったのは、今から3年以上前の彼が中学1年の頃だった。
その日街を歩いていた水島瞬は、別の地区の4人組の中学生グループに運悪く絡まれてしまった。
お決まりの「金を貸せ」という脅し文句に対し、震えながらも絶対にお金は渡さないと答えた水島瞬だったが、少年たちはそんな瞬をあざ笑うかのように、後ろから小突いた。悔しさと情けなさを感じていたその時に現れたのが、ロードワーク途中の神崎東一郎だった。
通りがかりに通りかかった東一郎は、ニヤニヤしながらその様子を見ていた。
「おい!オッサン!何見てんだよ!あっち言ってろ!」
不良少年は東一郎に向かって息巻いた。
言われた瞬間東一郎はその少年の前にすっとよってくるといきなりデコピンをした。
「パーン!」と大きな破裂音のような音ともに、少年の頭が大きくのけぞった。
「ぎゃああ!」
少年は思わず悲鳴を上げると、残りの3人は驚きと怒りを示した。
「口の聞き方のなってねぇガキだな…」
東一郎はそういうと、振り向きざまに別の少年に同様にデコピンをかました。
「ぎゃ!」
同じくパーンという音ともに、少年は額を抑えて座り込んだ。
「で?何だって?オッサンていったのはてめぇか?」
東一郎は少年の一人を睨みつけた。
「おい!もう行くぞ!」
少年たちは、その場から逃げ出し去っていった。
「ははは。おい、少年大丈夫か?4人相手に屈しないその姿勢!気にいったぜ!」
東一郎は親指を立てるとそのまま走り去っていった。
東一郎が羽織っていたパーカーから、東一郎の所属している団体が分かった。
水島瞬はその団体を調べると神崎東一郎のことを知った。
強くてかっこよくて、優しい。
水島瞬にとって神崎東一郎はその時から、あこがれの対象となった。
当時全盛期の神崎東一郎の日本で行われたMMAの試合を見に行った事もあった。
水島瞬はその内向的な性格から、一気に神崎東一郎に傾倒していく事に時間がかからなかった。
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「で、そんな俺のファンのお前が、何で俺と入れ替わったんだ?」
「恐らくきっかけは、神社だと思います」
「やっぱりか…」
「僕は…その…学校で色々会って…」
「ああ、お前に突っかかてきたガキ共だろ。俺が叩きのめしておいたから安心していいぞ…」
「…。あ、ありがとうございます。でも、多分それは大きな理由じゃなくて…」
「あ、そうなんだ?じゃあ何?」
「いや、急に自分に自信が無くなって、この先のこと考えたときの不安とか、焦りとか…」
「え?何その思春期特有の…って言う感じの曖昧な悩み…」
東一郎は少し呆れながら言った。
「はい。で、特に理由もなく自転車に乗ってある日、家を出たんです」
「は?家出?」
「いいえ、単に家を出ただけです」
「…。それ散歩だろ…まぁいいや…」
「で、丘の上にある神社に来たんです」
水島瞬の言う神社は、東一郎が滑落した神社のことで間違いはなかった。
「まぁ、ぶっちゃけ俺もその神社だけどな…」
「ですよね。そんな気がします」
「眼下に見える町並みを見ていると、ここで代われる気がしたんです」
「ふーん。そんで?」
「神社の中に入っていた御神体を取り出して埋めました」
「はぁ!?まじ意味わからん!どんだけ罰当たり!?」
「いや、その頃ちょっと病んでて…」
「だからってお前…」
「そこで埋めて願を掛けたんです」
「ええ?何それ?」
「いや、ネットに書いてあったんで…」
「イカれた連中のイカれた情報だよ!それ!」
東一郎も流石に若者の思考についていけなかった。
「で、願ったんです。神崎東一郎にしてくれと…」
「お前が一番イカれてるな!」
東一郎も流石に呆れ返って思わず叫んだ。
「いや、でも実際そうなったじゃないですか…」
「あれ?てことは…」
東一郎は考えた。
水島瞬の願いは、盲目的に人生が嫌になり、神社の御神体を埋めた。
御神体には神崎東一郎(つまり俺)になれるよう願をかけた。
だけど、何で6年後??
東一郎はハッとした。
「おい、瞬。お前御神体ってのどこに埋めた?」
東一郎は水島瞬に聞くと、水島瞬はゆっくりと指さした。その指さした先は、東一郎が滑落した場所そのものだったのだ。
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