第87話 「再会」決着
「く、バケモンが!訳わかんねー事抜かしやがって!」
東一郎は水島瞬の攻撃の強さと技の多彩さに思わず攻め手を欠いた。
百戦錬磨の神崎東一郎であったが、「自分自身」の放つパンチとキックの威力がここまで高いとは考えていなかった。
純粋に相打ちで攻撃が当たったとしたら、ほぼ間違いなく打ち負けるのは目に見えていた。
割合でいうと2対8くらいの破壊力の違いがあった。
「道理でつえーわけだわ!俺ってばよ!」
東一郎は半ば感心しながら水島瞬に向かっていった。
「おい!瞬!お前、いくらなんでも誰にも習わずにこの動きは絶対にできない。ましてや戦い方が出来すぎてる!誰がお前に戦いを教えた!?」
東一郎は水島瞬に向かって叫ぶように言った。
「アナタに言う必要はない!約束覚えてますか?僕が勝ったら二度と現れないって!」
「このクソガキ、いい加減にしないとオジさんブチギレちゃうよ!元々そんなに出来た大人じゃねーからよ!」
「はい。アナタがクズで汚いヤツ!ってのはよーく知ってますから!」
「は!?言ってくれるじゃねーか!ガキが!マジでただの怪我じゃ済まねーぞ!」
「体の頑丈さでいうと、心配すべきは自分では!?」
「てめぇ!本気で行くぞ!」
東一郎はそういうと一気に攻勢に出た。
水島瞬の身体の長い手足を活かした攻撃を繰り出し距離を保った。
水島瞬は東一郎の波状攻撃に一瞬怯んだその瞬間、東一郎はくるっと回転すると背後からバックハンドブローを全力で水島瞬の側頭部に打ち込んだ!
ドン!という鈍い音がして、水島瞬は一瞬ふらついた。
が、そのまま踏みとどまると、至近距離からのパンチの連打を放ってきた。
「おい!嘘だろ!?何で倒れねーんだ!?」
手応えバッチリの東一郎は、完全に倒したと勘違いするほどの手の感触であったのだった。
「勝てませんよ!アナタでは」
水島瞬はその距離から素早くミドルキックを東一郎にはなった。
普段の東一郎であれば余裕で避けれて居たはずだったが、ダメージの蓄積なのか、一瞬体勢を崩した。そこへガードの間を縫うようにして蹴り攻撃が入った。
「ウッ!」
マルタが打ち込まれたような強烈な衝撃が東一郎の腹部にあった。踏ん張りが効かず思わずその場に膝をついた。
だが水島瞬は攻撃をやめなかった。
ここを勝機と踏んだか、更に苛烈な攻撃を加えてきたのだ。
東一郎は必死に防御姿勢を組んだが、お構いなしの素手の攻撃を防ぎ切るには無理があった。ガードで何とかかわしたが直撃はないもののそれでも何発かは貰ってしまう。
「っち、クソガキが…これはちょっとばっかり舐めすぎたか…」
東一郎は流石に余裕がなくなってきていた。
「アナタには本当にがっかりです」
「だいたいお前は俺の何ががっかりなんだよ!?」
「全てですよ!アナタの全てがっかりしました!」
「だから全てってなんだよ!?」
「二度と僕等の前に現れないでください」
「僕等??お前何言って??」
東一郎が言いかけたところで、水島瞬は更に攻撃の手を強めてきた。
パンチを二発立て続けに放った。
東一郎は一発は避けて一発はガードしたが、ガードする腕がもはやダメージを蓄積されているらしく、激痛が走った。
水島瞬の攻撃はスピードも相当だが、とにかく攻撃が重く強かった。
「恨むぜ。”俺”の身体!」
東一郎は長い手足を使って攻撃を返す、経験の差はやはり多少はあり距離を取った攻撃は何発か当てることは出来たが、致命打にはならない。
水島瞬の攻撃は、一撃が全て必殺の強さだった。東一郎は何故自分が格闘技に置いてほとんど負けなかったのかを、今この場で初めて知った。
自分のセンスと努力と思っていたのは、完全な思い上がりで元々の身体が異常に強かったのだろう。
そして東一郎は現役時代から異常に目が良かった。視力が良いのももちろん、動体視力もずば抜けてよかった。これで東一郎は相手のパンチなどの攻撃を簡単に見切れたし、相手の動作の細かい所に気がつくので、かなり無駄の省いた動きが出来ていたのだった。
水島瞬は東一郎の体に入ってから、ある程度格闘技を習ったであろうことは想像できたが、まさかここまで使いこなしてくるとは思っていなかった。
東一郎が引退してまだ数年しか経っておらず、身体としては現役に近いくらいのレベルで維持できていたのも、水島瞬にとってはちょうどよかったのであろう。
水島瞬の前蹴りが東一郎の水下に入った。
思わず前のめりに倒れ込む所に、水島瞬は膝を当ててきた。
避けきれないと判断した東一郎は腕を出したが、瞬間、水島瞬のフックが飛んできた。
パン!という乾いた音が、東一郎の頭の中で聞こえた。
「やべぇ!」
言葉にはならなかったが、意識が刈り取られる瞬間だった。
次の瞬間、東一郎は腹部の鈍痛を感じた。
地面に転がっている自分自身を理解したとき、さっきの攻撃を受けた直後であると思った。
「こりゃ、本格的にやばいじゃん…」
笑おうとしても、身体中が痛くてそれどころではなかった。
水島瞬の攻撃は、全く躊躇がなく、手加減が感じられなかった。つまり本気で東一郎を倒そうとしているのが分かった。
「自分の体になんて真似しやがるんだ…」
東一郎は心のなかで呟いた。
「もう十分でしょう」
水島瞬は、ゆっくりと近づいてくると起き上がれない東一郎の顔面に目がけて渾身の蹴りを放った。
だが、東一郎はこれを待っていた。
MMAの現役時代に散々やった倒れた状態からの防御方法、相手の攻撃を腕ではなく転がった状態から足を絡みつけた。
蹴られた痛みは覚悟の上であったが、想像以上に強烈なケリだった。
足の感覚はもう無かったが、必死で足にしがみついた。
片足にタックルをかけると、水島瞬は勢いよくころんだ。
その勢いを利用して東一郎は水島瞬の首に腕を巻き付けると、最後の力を振り絞って思い切り締め上げた。
完全に極ったはずなのにも関わらず、水島瞬ははガシガシと無理な体勢から東一郎を殴りつけてきた。
「なんだよこのバケモンは!?」
東一郎は神様に祈る気持ちで思い切り締め上げた。
東一郎が力尽きて、締め上げるのをやめたちょうどその時、水島瞬のもがいていた腕がだらりと下がった。
東一郎は息も絶え絶えに、空を見上げた。
身体は完全にボロボロだった。後にも先にもここまで苦戦した戦いは東一郎は初めての経験と言って良かった。
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