第12話 「カワイイ」フードファイト

「ナニコレ…」

エマは困惑を通り越して、唖然とする他なかった。

ご飯をおごると東一郎に言ってしまった手前、言われるがままに着いてきたのが、男性客99%の超こってりラーメンのお店だった。


「はい!俺これ!」

東一郎は券売機の前でボタンを指さした。

メニューは、小ラーメン、中ラーメン、大ラーメンのみ。


「エマちゃん、俺も本当にいいの?」

ヤマトは遠慮気味にエマに聞いた。


「もちろんだよ。大和君!エマ、ラーメン大好き!」

エマはヤマトに笑顔を向けたが、当然目は笑っていなかった。

とんでもない無駄な時間とお金だわ!と怒り心頭であることは言うまでもない。


「じゃあ、お前もラーメン小な。3人共ラーメン小で!」

エマは一杯800円程度のラーメンだが、男に奢るという屈辱で負けた気分になっていた。だが、心のなかでは東一郎を自分に惚れさせ、ボロ雑巾のように捨てるという目的のために今は我慢するしかなかった。


というか、ラーメン小というのは、一体何なんだろうか?

エマは、意外と高校生の男子のくせにラーメン小を食べるということは、彼らは少食なのだと理解した。気を使えそうなタイプにも見えないし。

陰キャのコイツラならありえるわ。とエマは内心バカにした笑いをした。


てか何でラーメンなのよ!私のイメージじゃないわ!

しかもこんなギトギトした男しか居ないような汚い店に来たくもないのに!

ご飯といえば、オシャレなイタリアンとかスタバでおしゃれに過ごすのが私なのに、コイツラ…マジで!?…。

まぁ、安く付いたからそれはそれでいいけど。

エマは一人ぶつぶつ言い始めていた。


「てか、今更だけどラーメンで良かったのか?」

東一郎はエマに聞いた。


「うん!私ラーメン大好き!それにほら!女の子同士ではなかなか来れないしね!だから今日はとっても楽しみ!」

エマはまた笑顔を作って答えてみせた。


「そうか、ここのラーメンまじうまいんだぜ!女子はなかなか来れないだろうから、いい経験になると思うよ」

東一郎は飛び切りの笑顔をエマに向けた。


エマは、その笑顔に若干の殺意と何とも言えない気分になった。東一郎(実際には水島瞬)は長い髪の毛であるが決してオシャレというわけでもなく、一見変に見えるが、顔の形はとても整っているので、素顔は結構なイケメンなのだ。


席に通されるとカウンターしか無い店の端に3人通された。

むさ苦しい店内と男しか居ない絵面の中で、エマの存在は非常に目立った。

そしてなぜか皆無言…。

店にはラジオの音だけが響いていた。


「最悪…」エマは心のなかでそう思った。

食事を楽しむという概念がこの場にはない。ただ出てきたラーメンを無言で食べ食べ終えたら去っていく。一体この食事に何の意味があるのか?エマは自分が支払った事が今更ながら悔しい。


「はい、トッピングは?」

不意に店員に聞かれた。


「あ、野菜マシマシ、油マシ!ニンニクは一応やめとくか…」

東一郎はそういった。


「野菜マシ、アブラマシ!」

ヤマトはそういった。


「はい。トッピングは?」

店員がエマに聞いた。エマは当然戸惑った。え?何??何いってんの?


「ああ、この子は野菜少なめ。油少なめで!」

東一郎が間髪入れずに言った。


「え!?なになに?何のこと?」

「いや、トッピングな。無料なんだけど、まぁ、少なめでいいだろ」

「えー、トッピングなら多いほうがいいじゃん!水島くんと同じでいいよ!」

時間にしたら10秒程度の時間であったが、店員の視線が冷たく感じる。


「ああ…そう…、じゃあ、野菜マシマシ、アブラマシで」

東一郎はちょっと笑いながら言った。


「はい!野菜マシマシ、アブラマシね!」

店員はわざと大きな声で言ったように聞こえた。

ヤマトは青ざめた顔でエマと東一郎を見ている。


ラーメンが目の前に出された時、エマは目を疑った。

ラーメンの丼に山のように積まれたモヤシの山。

更にその上には見たこともないドロドロとした何かが載っていた。


「いただきますー」

東一郎は着くやいなや、早速食べ始めた。


「エマちゃん、無理しないでね」

ヤマトは心配そうにエマに言った。


「ヤマト君ありがとう!」

とエマはいうと、東一郎の全くこちらを見ない態度に腹を立てた。

このクソガキが…エマは顔に似合わず汚い言葉を飲み込んだ。


「ほら。野菜よこせ」

東一郎は不意にエマの前に丼を出してきた。


「え?何?」

エマは驚いて聞いた。


「いや、どう考えて食べきれないだろ。ドッキリはここまで。俺残すのは性に合わないから食ってやるよ。野菜よこしな。あとは頑張れ」

東一郎は勝ち誇ったような目でエマを見た。


「ねぇ、水島君、これ私食べきったら何してくれる?」

エマはニヤリと悪い笑顔を東一郎に向けた。


「はぁ?何でもやってやるよ。1ヶ月ボディーガードでもマネージャーでもやってやる」

東一郎は無表情で答えた。


エマはそれを聞くとニッコリと笑うとラーメンを食べ始めた。

東一郎はラーメンを食べ始めてエマは心底驚いた。

「いや、ちょっと、お前、無理だって…」

「え!?ナニコレ?超美味しい…」

エマはこのギトギトしたとても美味しそうに見えないラーメンに驚きを禁じ得なかった。


「だろ!最初に食べた時は俺も衝撃だった!お前結構やるやつだな!」

東一郎は笑顔でエマに言った。

エマは東一郎の本当の笑顔を見たのはこれが初めてだった。


エマは丼に目を移すと、どんどん食べ始めた。

大人の男でさえ結構苦戦するほどの量だが、エマは意外にもどんどん食べた。

しかもそれがとても美味しく感じるので、エマ自身夢中で食べていた。

それが自分でも信じられなかった。

東一郎やヤマトだけでなく、店員も他の客も皆、エマのどんどん進む食のスピードに驚きの表情を浮かべた。


「お、おい、あんま無理するなよ」

東一郎は自分のラーメンを食べるのを忘れて心配した。


エマは涼しい顔で食べ続ける。

正直言ってエマは優越感に浸っていた。

あの無視し続けた東一郎だけでなく、店中の視線が自分に注がれている。

どうせ食べられないと高を括っていたであろう男どもに、見せつけるかのように食を進めたのだ。

エマは身長169cm体重は55キロ程度とモデルをやっている事だけあって結構大柄だ。と同時に実はかなりの大食いだったのだ。太らない体質というのもあるが、影で努力はしていた。


あっという間に、トッピングの野菜を平らげ、麺に到達し残りはわずかとなった時、ヤマトが言った。


「いやー、モデルってもっと食事制限とか大変なのかと思った」

「ああ、それな」

東一郎は思わず頷いた。


「!!?」

エマはこの特殊な環境で、モデルのことなどすっかり忘れていた。優越感に浸りながら食べ続けたラーメン残りわずかで聞いたモデルという言葉に、自分でも驚くほどに反応してしまったのだ。


あ、そう言えば来週スタジオ入りの日だ、あれ?そう言えば体重制限あったような…

エマはふとモデルのことを思い出してしまった。


次の瞬間、夢見心地でラーメンを食べていたが一気に色んな意味の現実来てしまったのだ。


そして箸が止まった。


「やばい…無理…」

エマは下を向いたまま一言だけ言った。


ヤマトだけでなく、東一郎も更にいうと、そこに居たほぼ全員が青ざめた。

微動だにせず下を向くエマに向かって東一郎が叫んだ


「ごめん!俺が悪かった!」

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