第5話 「制裁」招かれざる客

おっさん空手家の神崎東一郎と普通の高校生である水島瞬の意識が入れ替わったある日の事。


彼はこの事実を夢と思った。

夢だから寝て起きて夢から醒めればそれは現実としての東一郎が存在する。

だから彼は寝た。

そして起きた。

結果、変わらなかった。

つまり水島瞬として彼は生きているということになる。


当たり前のように学校に行く生活。

東一郎は38才だったので、これは本来懐かしいとか嬉しいとかそういう気分になりそうなものだが、もはや苦痛でしかなった。


「何で俺がこんな目に、、大体なんだんだ?」

ブツブツと呟きながら学校に向かった。


「オッス!」

後ろから声をかけられた。ヤマトだった。


「ああ、昨日は悪かったな」

東一郎はヤマトに感謝を口にした。


「ああ、気にすんなって。それより戻ったか?記憶??」

ヤマトはそう言うと少し真剣な顔で言った。


「いや、悪いけど何も分からない・・」

東一郎はそういった。


「まぁ、そう気にすんなよそのうち戻るかも知れないじゃん」

ヤマトは明るくそう言うと東一郎の横を歩き始めた。


東一郎は自分の状況をヤマトに話そうかと思ったが思いとどまった。やはり自分よりも20歳も年下の少年にこんな馬鹿げた話をすること自体が憚られた。


学校の授業はある意味地獄だった。

彼らの通う高校は比較的勉強ができる進学校だった。

一方、東一郎が卒業した学校は所謂底辺校に近い高校で、東一郎よりも馬鹿な奴がゴロゴロ居た。そんな学力しか無い東一郎にとってこの世界のこの高校の授業は地獄であった。


水島瞬はどうやら勉強がかなりできたらしい。

数学の時間に問題を解くよう言われた東一郎が固まっていると、教師は驚き問題が難しすぎたのかと自問するほどであった。

東一郎にしてみれば昨日のホームルームしかしなかったため、授業は苦痛を伴った。何しろ何も殆どわからなかったからだ。

まだ国語や社会は理解できたが、数学と生物・科学といった教科は全くというほど授業についていけなかった。


「水島!ここ読んでみろ!」

英語の時間だった。

水島が言われたのは英語の音読。

普段の水島瞬なら簡単にこなしていたのだろうか?そう思いながら東一郎は英語の文章を何の気無しに読んだ。


その瞬間、クラスがザワッとした。


「え?あれ?なんかやっちまったか?」

東一郎は無意識だったので、思わず身構えた。


英語教師は言った。

「さすがは水島だな。お見事!」

東一郎は格闘家時代に外国に行く機会が多く、アメリカのジムで武者修行していた時期もあり意外と英語の読み書きは身についていたのだ。

一瞬ヒヤリとしたが、ふーっと息をつくと東一郎は椅子に座り込んだ。


「おい!!いつの間にそんなにペラペラになったんだよ!」

後ろの席のヤマトが東一郎を小突きながら言った。


「いや、何となく、、、」

東一郎がボソリと話すと周りがワッと色めき立った。

英語の授業だけはなんとかついて行けることだけはわかった。


だがそんな中、ちょっとした事件が起こった。


昼休みの弁当を食べ終わったときの事だった。

「おーい!みずしまぁ!!」

そう言うといきなり東一郎の頭をスリッパでパコン!と叩かれたのだ。


痛さはないものの派手な音がして東一郎の頭に衝撃が伝わった。

「!?」

東一郎は思わず鋭い目つきで相手を見た。

相手は一瞬ぎょっとしたが、直ぐにニヤニヤとしながら


「おいおい!洒落だってシャーレ!なぁ!」

そうしてバンバンと東一郎の肩を叩いた。

この学校の生徒にしては珍しく制服を着崩してピアスをしている生徒だ。

後ろには髪の毛をワックスで固めている男子生徒、

更に185cm100kgはありそうな大男。

そして髪の毛を赤く染めている小柄な男。

合計4人の男が東一郎をニヤニヤしながら見ていた。


「いってー・・・」

思わず瞬間的に殴り掛かりそうになった東一郎だったが、すぐにピンときた!

コイツラがヤマトが言ってた厄介な奴ら。そして水島瞬に「遺書」を書かせる原因となった奴らなのだろうか。


「ちょっと・・何すんの?痛いじゃないか」

にこやかな笑みを浮かべる東一郎だったが、血管は浮き出しこの瞬間に殴りかかってしまいそうな衝動に駆られたが、必死に堪えて意味深な笑みを浮かべた。

彼らが現れるとクラスメイトたちは、まるで目を背けるかのように、東一郎たちから目線をそらした。きっと言われない因縁をつけられ巻き込まれてしまうのだろう。


「ちょっと、いきなりそれはないじゃん。ちょっと待ってよ」

ヤマトは無理やり笑顔を作って、彼らに話しかけた。


「うっせんだよ!チビ!コロすぞ!」

赤髪の男はヤマトを一喝した。

ヤマトは黙って下を向いてしまった。

東一郎はこれに切れた!!

完全に切れた!が、殴りかからずに微笑みながらこういった。


「ちょっとまってよ。どうしたんだよ?」

東一郎は怒りを隠しながら、微笑みをスリッパで叩いた男に向けた。


「おい!!水島!俺らのクラス次の時間宿題あるからよ。お前これちょっとやっとけよ。あと明日俺らもあるからここにいる4人分な!出来なかったら分かってんだろうな!ちゃんとバレねーように答え変えて書けよ!」

ピアスの男はそう東一郎に命令した。


「何で4人分!?明日でいいじゃん!」

下を向いていたヤマトは急に声を上げたが、


「うるせーぞ!チビ!ハゲ!コロすぞ!」

とまた大声で怒鳴られた。

クラスはしんとして、静まり返った。


「じゃあ、頼んだぜー」

そう言うと東一郎の頭をピシャリと手のひらで叩き歩いていった。

彼らが去っていった後の教室はしんと静まり、気まずい空気が流れた。


「ヤマト。お前いいやつだな」

東一郎はヤマトに向かってニッコリと微笑んだ。

ヤマトは悔しさと言い返せない己を恥じて顔を真っ赤にしていた。


「さーて、宿題でもやってやろうかな」

そう言うと東一郎は口角を上げてニヤリと微笑むと、思わず笑いが込み上げてきた。

「ふふふ、クソガキ共、どうしてくれようか…」

そう呟く東一郎の目は、顔の笑顔とは裏腹に殺気を帯びていた。

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