1年2学期

第2話 「転生」神社の移転工事

東一郎は転職を繰り返した。

高校を卒業してからしばらくはプロ格闘家を目指してトレーニングとアルバイトをしていた。

プロの世界は厳しいと聞いていたが、東一郎は別格で強かった。

空手の基礎があったとはいえ、ボクシングのプロライセンスを取得し、連戦連勝を重ね日本ランキング上位にランクされた。

そこからわずか2年でとある総合格闘団体の上位にランキングされるほどの戦績を積み上げたのだが、格闘技だけでは大金は稼げないと分かると飛ぶ鳥を落とす勢いであった最中にあっさりと引退をしてしまった。

格闘マニアの間では無敗の格闘家としてその名を知られていた。

まだ東一郎が二十代後半の頃だった。


次の仕事は家のガス管などを販売するメーカーで働いた。

口が上手かったのか、ここでも一定の数字や結果を残したものの、友人に誘われた起業の話に乗って海外の衣類を輸入する会社を起こした。

ここでの生活で結婚をして女の子も生まれた。


この辺りから持ち前のバイタリティも通用しないことが多くあった。元々英語などもまともにできないのに、アメリカに渡り衣類の買付などを行ったり、大量の衣類を船便で依頼したがために、3ヶ月の期間がかかったり、税関で書類不備を理由にすべての荷を降ろされたりと、商売以前の部分でうまく行かなかった。

プライベートもうまく行かず、妻は子供連れて出ていってしまった。


その他色々な仕事を経て、現在は当時取った重機の免許を活かして、工事現場で働いていた。

空手道場はその片手間にやっている趣味であり、本人も空手で稼ごうとは思っていなかった。だが借金がすでに数百万あった東一郎にとっては、図らずとも助けにはなっていたのは事実だった。


その日の現場は少しいつもと違った。

とある町の小高い山の上にある無人の神社の移転であった。

こういった神社の移転等は嫌がる業者が多い。

現実的な話ではないかも知れないが、事故が多かったり悪い噂が出回るからだ。


東一郎もその辺りは特に深く考えずに居たし、過去にも神社のお社の移転、取り壊し工事に携わった事もあった。

今回は神社そのものを高台から麓の場所へ移転させるものだが、実際には社も割と小さな家みたいなものであり、移転と言えるかどうか怪しいものだった。ほとんど取り壊しに近いものだと思われる。


朝早くから関係者全員が神社の前に集められて、神主が祈祷を始めるのを黙ってみていた。

民家も近くになく、来ることすらままならないような辺鄙なところにある神社にしては雑草に覆われることもなく比較的きれいな状態であった。


祈祷が終わると、すぐに作業が始まった。

作業範囲は狭いが、すぐに終われば今日の現場はここだけなので早くに家に帰ることができる。作業員たちはラッキーな現場だと口々に言った。


東一郎は比較的狭い現場なのに、やたら人数がいることに少しばかりの違和感を覚えはしたが、あまり深くは考えていなかった。

重機担当の東一郎の出番はまだ少し後の工程であった。


東一郎は重機に乗り込み出番を待っていた。その時にふとスマホを見ていたが、ついさっきまで電波が入っていたはずなのに、今は何も電波が入っていなかった。

その時、何やら騒ぎが起こっていた。

作業員の何人かが、頭痛と体調不良を訴えて作業を中断していた。


すると現場監督は見計らったように待機していた別の作業員を投入し始めた。

小さな現場な割に人数が多かったのは交代要員を多く確保するためだったようだ。


「おいおい、大丈夫かよ?」

東一郎はボヤきながら、ふと神社を見た。


神社の後ろの方から煙というか霧のようなものがボヤッと見えた。

東一郎は目を凝らして神社を見てたが、ふと突然お参りをしようと神社に向けて柏手を二回打った。


東一郎は願い事を考えながら

「借金が返せますように…。いや、違うな…うーん…」

本当に自分が一番欲しいもの、してほしいこと。


東一郎は思えば思うほど、唯の笑顔が頭に浮かんだ。


「いや、なんでだよ!」

思わず自分で苦笑いを浮かべ、そんな図々しい願いなんてできるか!そこまで落ちぶれちゃいねーよ!と自分に言い聞かせた。

でも唯と一緒に過ごせたら…もし同じ時代、同じ時間を過ごせたら、俺はどう思うんだろう?


また彼女のはにかんだ笑顔が頭をよぎる。

「いや、よしてくれ。キラキラ輝く花の女子大生と借金まみれのおっさんじゃ、釣り合ってねーっての!」

そう言うともう一度手をたたくと

「まぁ、楽しく暮らしていきたいから、適当にそこんとこ宜しく!」

と手を叩いた。


その時だった。

「おい!!逃げろ!!」

「退避!!退避!!」

口々に叫ぶ声が消えた。

声の方を見た時だった、地震のような揺れを感じると地すべりをするかのように、地面が目の前からこつ然と消えていったのだ。


「うそ…え?ええ!?」

地すべりはがけ崩れを誘発し、神社近くの地面は轟音と土煙を上げながらどんどんと消えていった。

次の瞬間東一郎の乗った重機もろとも、あっという間に土の中に潜り込むようにがけ崩れに巻き込まれてしまったのだ。


「うわああああ!」

東一郎は叫びながら、必死に重機のハンドルにしがみついた。

だが回転するかのような大きな揺れを感じると体が無重力のような浮きがったと思った瞬間、重機のハンドル部分と格子の部分に叩きつけられた。


もはや声すら上げられないほどの強い衝撃を受けて、やばいと思った東一郎だったが、二回、三回と運転席内で何度も叩きつけられると意識がさっと遠のいてしまった。


遠のく意識の中、男か女かも分からない誰かの声が聞こえた気がした。


・・・叶えよう。役目を果たし然るべき時に戻れ・・・

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