最強おっさん空手家がイケメン高校生に転生して教え子に会う話(夢のつづきは君の未来)
珈琲パンダ
第1話 プロローグ 空手道場と唯さん
「よーし!組手の準備してー!」
東一郎は少年たちに呼びかけた。
「はーい!」
そう答えると少年・少女たちは一斉に自分の荷物を取りに、走っていった。
「あー、大人の皆さんも組手の準備をしてください」
東一郎は今度は4名ほどいる大人に声をかけた。
「はい!」
男性1名、女性3名の大人の会員たちも自分の荷物のところへ戻っていった。
神崎東一郎は、今年で38才。
転職を繰り返し借金まみれ、妻にも離婚届けを叩きつけられ、一人きりのうだつの上がらない中年男だ。
喧嘩無敗の伝説のイケメン空手家として活躍した20台前半までは輝いていた。だが、調子に乗って失敗を繰り返し、もはや見る影もない。
数年前に昔の知り合いに頼まれて引き継いだ空手道場は、意外にも好評でわずか3年で門下生も30名にも達した。
「はい!準備できた人から集合!!急げー!!」
東一郎はそう言うと、タイマーを片手にウロウロとあるき回った。
少年・少女は防具を身につけると、東一郎のいる中央付近に集まってきた。
「じゃあ、今から打ち込み稽古するよ!」
東一郎はそう言うと、稽古の方法を20名ほどいる会員たちに説明し始めた。
「それ!始め!!」
東一郎の号令に合わせて、少年少女は打ち込み稽古を始めた。
大人も一緒に稽古をしている。
東一郎はその姿を見守りながら、子供たちにやり方を教えている。
悪ガキだった東一郎のロクでもない人生ではあったが、この時はこれまでにない程穏やかに過ごしていた。
「先生!すみません・・」
そう言うと一人の女性が話しかけてきた。
「ん?どうしたの唯さん?」
東一郎は「唯」と呼んだ女性に顔を向けて、そう答えた。
彼女は常に空手に対し真摯であり、とにかく学ぼうという姿勢がしっかりしていた。
誰も聞いていこないような細かい部分についてもいつも質問してきた。
東一郎が初めて道場を引き継いでから入会した第一号の会員であり、教育関連の大学に通う女子大生だ。
飾り気のない素朴な印象だが、少しだけタレ気味の大きな目と薄い唇、優しげな表情でふわっとした印象、とても空手どころかスポーツなどやりそうにもない雰囲気の女性だ。
ここ数年彼女を見てきた東一郎は、この自分の娘ほど年の離れた女性に対し不思議な感覚を覚えていた。
所謂「イケイケ」だった東一郎は昔から派手な交友関係だった。常に女性に苦労したことはなく、派手に遊び回っていたのだが、唯を見ていると自分の人生の薄っぺらさを思い知らされている気分になる。
唯との出会いは、ひょんな事からだった。
道場を引き継いだものの大して人もいないので、とりあえずビラを配ろうと最寄りの駅前でビラを配っていた時のことだ。
冴えない中年男が配るビラなど誰も手に取ってくれず、ダラダラと配っていた東一郎の前に現れたのが唯だった。
「空手・・習ったら強くなれますか?」
小柄な若い女性が、まっすぐに東一郎に聞いてきた。
「え!?あ、、ああ。なれると思うよ、、、多分、、」
その圧力と真剣な表情に面食らった東一郎は唯にしどろもどろに返した。
こうして一番弟子となった唯だったが、高校時代の部活は書道部。趣味は読書。
正直運動ができる人とはお世辞にも言えなかった。
道場にちゃんと通う人もいないし、道場に誰か居てくれるだけでもありがたいという状況だったので、翌週の練習日に唯が道場に現れた時は、東一郎は驚きさえした。
花の女子大生が空手なんてやるのか?と東一郎はいつまで続くのか?と思いながら指導していたが、とても真面目でそして一直線に頑張る唯の姿勢にいつの間にか指導に熱が入る事になるのは必然だった。
唯の夢は小学校の先生。
彼女は見学や体験に来た子供たちにとても優しく、指導の手伝いをしてくれた。もちろん彼女自身空手はそれほど上手ではないので、技術的な指導はしないのだが、パンチやキックを怖がる子供たちに自信をつけさせたり、励ましたりした。
また見学に来た親子に空手の楽しさを熱心に説明したりもしていた。
優しいお姉さんが居てくれるなら、、、と子供たちの入会が面白いように殺到した。
また空手道場の宣伝やビラ配り、その他場所取りなど、「暇だから」という理由で手伝ってくれた。だが彼女が暇ではないということは、鈍感な東一郎も気がついていたし、無理はしないようにいつも言っていた。
東一郎はある日、ビラ配りを手伝ってくれた唯を労う為に、近くの居酒屋に誘った。
普通の若者なら断るであろうシチュエーションではあるが、唯は二つ返事でついてきた。
他の大人の会員も誘ったが、結局来たのは唯だけだった。
東一郎はお酒を飲みながら、唯と話をしていた。
話をしていてあっという間に時間が流れた。
思えば女性と2人でお酒を飲みに来て話をして終わりという「健全な飲み会」は、過去に一度もなかったように思える。
だが事実として東一郎はとても居心地良く過ごしていた。
でもそれは恋愛とかそんな事ではなく、彼女が優しい性格だからこうなんだろう。
と、思う一方でこの子が悪い大人にこうして飲みについて行く事があったらどうしよう?等と勝手なおせっかいを想像したりしていた。
実は東一郎は唯の過去、特にプライベートに関して聞いたことが殆ど無い。
出会ってすでに2年以上経っているが、そのプライベートについては全く知らなかった。
「今付き合っている人と先日温泉に行ったんです」
唯からふと急に言われた。
「ああ!そうなの!?いやー実はそのあたり聞くに聞けなくてさ」
十一郎は満面の笑みで、そう唯に言った。
少し寂しいような、でも当然かという複雑な心境だった。少しだけ胸の奥が痛んだ。
彼氏の話も聞きたいような、聞きたくないような。だが、そもそも親子ほど年の離れたオヤジとこうして飲みに付き合ってくれる奇特な子だ。それだけでも十分じゃないか。そう東一郎は割り切ることにした。
「高校の頃どうだったの?彼氏とかいた?」
東一郎は調子に乗って聞いてみた。
因みに東一郎自体は高校までは空手道場での稽古の日々だったが、それでも学校の内外で面白おかしく暮らしていた。特に女性に関しては、かなり派手でとても人に誇れるような高校生活ではなかった。
「うーん、、居たような居ないような、、、」
唯は煮えきらない態度で答えた。
「ん?どういう事?」
東一郎は聞きたいような、聞きたくないような思いで聞いた。
「付き合ったんです、、でも、付き合ったら違ったんです、、」
東一郎は察した、付き合ってみたら思ってた人じゃなかったという事なのだろう。一見あまり深く考えずに付き合うタイプにも見えないので、唯の発言は少し驚いた。
だが実際には全く別の意味であることを東一郎はまだ知らない。
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