第69話:お嬢様の願い。そして~

 そう思い覚悟を決め手口を開く寸前、変態さんが話す。


「いいか、ここは勝手に来ていいほど優しくない場所だ。今おまえは殺されかけた事がわかっているのか?」


 別に威圧はしていないけれど、斜めを向いたままの真っ直ぐな視線が怖い。

 だけど負けてはいられない。右手を固く握りしめ、「知っているわよ」と告げる。


「なら、なぜそんなに平然としていられるんだ? 死ぬのが怖くないのかよ」

「怖いに決まっているじゃない」

「ならどうしてそんなに嬉しそう・・・・・・・・にしている」


 嬉しそう? 私が? そう言われて意識を顔に向ける。

 たしかに口元が不敵にゆがみ、目つきは鋭く見つめているのが分かった。

 だからそれを利用して、変態さんへと告げる。


「分からない? それはあんたに会えたからだよ」


 予想外の答えだったのか、変態さんは目を丸くして「え?」と一言いったまま固まる。

 

「あんたがココ。異怪骨董やさんに居る。なら私がどんな危険な目にあっても、かならず守ってくれるんでしょ?」

「い、いやそれはだな。そう言う意味じゃなくてって、いや守るけど。俺が言ったのはだなぁ――」


 自信家の彼が、しどろもどろに答えているのが少し面白かったけれど、そこにかぶせて話を続ける。


「――だからもう少しで頭をスイカみたく割られそうになっても、私はあんたを信じたの。古廻戦極なら、絶対に助けてくれるって」


 そう言いながら自分の顔へと指を指しながら、「私は祕巫女。だからこのくらいの事で、動じちゃダメなんでしょ?」と言い放つ。

 その言葉の意味が分かったのだろう。変態さんは斜め前を向いたまま、呆れた顔で悲恋美琴を納刀すると、右手のひらを上に向けて「はっ」と一言。


「大したお嬢様だ。昼に美琴をけしかけた事が分かった上でのことかよ」

「当然よ。私を試したんでしょ? じゃなきゃ、あんたがいきなり消えるワケないし、美琴さんも私をあんなやり方でおどかしたりはしないはずよ」


 変態さんは「違いない。なぁ美琴?」と言うと、妖刀・悲恋美琴から抜け出した美琴さんが現れる。

 その登場の仕方が妙におぼろでげ、はかなく、消え入りそうなのが、彼女が幽霊だと思わせるのに十分だ。

 美琴さんは、はにかみながら右手で頬をかきつつ口を開く。


「あの、ね……本当にごめんなんだよ! 戦極様の卑猥ひわいな罠にかかって、しかたなく驚かせちゃったんだよ!」

「ちょっとまてぃ。誰が卑猥か!?」

「フンだ。勝手に骨董品を買い漁る人は卑猥なんだよ」

「ハイ。水たまりより深く反省しております」


 そんな二人のやり取りが面白くて、ついつい笑みがこぼれる。

 瞬間、背中にひんやりとした感覚があり、一瞬どきりとしたがモフっとした肌触りが心地いい。

 それが首筋まで登ってくると、肩の所でへたりとぶら下がり「ほらぁ。笑われちゃったんだワン」という子狐ちゃん。


「わん太郎がなつくとは驚きだなぁ」

「ほんとうなんだよ。ちゃ~りゅで買収されたのかな?」

「ワレはエライからして、なぜかこの金持ち娘が好きになったワン」

「「やっぱり買収されたんだ……」」

「していませんが?! まったくもう……それで聞かせてよ。私は祕巫女として合格?」


 変態さんはため息を長めに吐くと、「まぁ及第点ってところか」と呟く。

 それに固く右手を握りしめ「やった!」と、かるくジャンプして喜ぶ。

 その様子が不思議だったのか、変態さんは呆れた口調で問いかけた。


「変わったやつだな。そんなに祕巫女になるのが嬉しいのか?」

「そりゃそうだよ。何が何だか分からないうちに、怪異に巻き込まれて怖い思いをするなんてまっぴら。どうせ変えられない事実なら、自分で生き方を決めたいのよ」

「そう、か……。確かに祕巫女からは逃げられないし、人選を変えることも出来ない」


 そこも気になっていた。どうして私なのかって……。

 だから聞く。「なぜ私なの?」と。

 すると変態さんは嫌そうにポツリポツリと話し出す。それは初めて聞く事であり、体の中にある力のせいか、なんとなく知っていた事でもあった。


「つまり〝ことわり〟という存在が私を選んだの?」

「そう。奴らはどこにでも居るし、全ての現象を監視している。そして――」


 変態さんの話は続く。

 〝ことわり〟と呼ばれる存在は、自然現象から逸脱した存在を削除・・するために居るらしい。

 

 その存在は謎であり、超自然現象を超えた力を行使すれば、その力の使い手を罰するとのこと……なんだか怖い。

 そんな存在が私を選ぶ、その理由は一つだ。つまり――。


「私が調律者としての適性あったから?」

「そうだ。ただどういう基準で選ばれたのかは不明なんだよ」

「そうなの? じゃあなぜ私が選ばれたのかも分からないのか……」

「まぁ、な。過去には村娘が選ばれた事もあるらしいし、そいつが何か特別だったワケじゃない。本当に普通の娘だったらしい」

「そこまでは分かった。じゃあどうして私が祕巫女だと気が付いたの?」

「あぁ、それはしめのやつが――」


 〆さん。変わった名前だけど、傾国の美女と言ってもいい彼女が私を見つけたらしい。

 どうやらこの異怪骨董やさんを何百年も守り続けている、凄い人? みたい。

 キツネの耳とかコスプレかと思ったけれど、それも違うのかな?


 そんな彼女だからこそ、私が生まれた時から私の中に祕巫女の気配を感じたというのも納得だね。

 あと変態さんは、そんな悪い妖かし達から人や物を守るために、依頼を受けてお小遣い稼ぎをしているんだって。凄いよね、同じ年なのに……。

 

「――と、まぁこんな感じか。他に質問が無ければ今すぐ帰れ」

「ちょっと! それは酷くない? お茶くらい出しなさいよ」

「うるさい、いいから帰れよ。外で善次の奴が待っているぞ?」


 なぜかコチラを見ない変態さんは、右手でシッシと犬を追い払うように私を遠ざける。

 その不審な行動に首をひねり、隣りにいる美琴さんを見ると、何故かニヤケていた。

 

「ちょっと、こっち見て――ぷぷッ?! なによその顔は!」


 変態さんの正面に回り込むと、彼の左頬が真っ赤に腫れ上がっていた。

 そのまぬけな表情に思わずお腹を抱えて笑うと、彼は恥ずかしそうに話す。


「く、だから帰れって言ったのに。コイツはあれだ、そこの恐怖・幽霊娘に祟られたんだよ」

「へぇ~? まだ言うかなぁ? 今度は右の頬をつねってあげてもいいんだよ?」

「スミマセンデシタ。骨董品は今日は買いませんので、オユルシクダサイ」

「明日も明後日もダメなんだよ?」

「あはは、なによそれ。骨董品を内緒で買ったから、そんなマヌケな顔になったの?」


 そう言うと変態さんは「男には戦わなければ得られないものがある……それがコレだ」と、赤い茶碗を見てしみじみ語る。

 それを近くに居た、熊本のクマさんに似た愛されキャラっぽい着ぐるみが「戦極、俺には分かるぞ」とロックグラスを傾けて呟く。意味がわからない。


「まぁ、おまえの気持ちは分かったよ。今すぐどうと言う訳じゃないが、祕巫女に関する事がある時は連絡する」

「ちょっと待ってよ!」

「俺は忙しいの。って事で、残念ちゃんは楽しい夜を過ごしてくれよ~」


 ちょっとまだ何かを隠している感じがする変態さん。

 けどもう話すつもりもないとばかりに、奥へと歩いていってしまう。

 

「むぅ……あ、そうだ!」


 ◇◇◇


 来たときと同じように勢いよく出ていく残念な娘、明日香。

 それを見ながら「やれやれ」と言いながら、美琴を連れて店内の一角へと行く。

 そこはカッパ淵と呼ばれる場所であり、そこでいつも釣りをしているカッパの妖かしの隣に座りながら釣り糸を垂らす。


「忙しい人が聞いて呆れるんだよ」

「聞いたかカッパ君。おまえがいつも暇なやつってディスられているぜ?」

「失礼な幽霊め。カッパは異怪骨董やさんで食される鮮魚を、旬の旨味で提供してるっパ!」

「そうだぜ美琴――っと、寒ブリが来たぞッ!?」

「今は秋なんだよ。ハァ~どうしてこんな小さな池で、寒ブリが釣れるんだよぅ」


 呆れる美琴を背に、寒ブリを竹竿でぶち抜く。

 流石は異怪骨董やさん製の竹竿だ。十万円のロッドよりも強くしなやかに大物を釣り上げる。


「よっしゃああああ! 今夜はブリづくしだな! 刺し身・しゃぶしゃぶ・焼き物といろいろ楽しめるな。早速さばいてもらおうぜ♪」

 

 大物を釣り上げ喜ぶ俺の背中から、美琴は「よかったね」と言いながらも、明日香の事を話す。


「……中途半端な覚悟は彼女には酷なんだよ」

「分かっているさ。だがもう異怪骨董やさんに自由に来れるほどに高まった力だ。だから出来るだけ、ここに来させないようにしないとな」

「うん。力の開放がさらに早まるかもしれないんだよ」


 そう言いながらビチビチとはねる寒ブリを見ていると、わん太郎が釣り針を池へとたらしながら「でも、もう遅いんだワン」と一言。

 美琴と顔を見合わせ「「え?」」と言った瞬間だった。


 また派手に入り口の引き戸が開くと、大声で残念な声が聞こえた。


「変態さん出てきてよ!!」

「ったく、言っているそばから来やがって……善次ぃ、おまえは何をしてやがるんだ?」


 明日香の背後から追って来た善次。今度は入店を一緒に出来たようで、あいつらしくもなく焦った顔で早口で口を開く。


「そ、それが御館様。お嬢様はその――」


 善次の話を遮り手に持った木箱を片手で差し出すと、残念娘は木箱の蓋を開けた。


「この曜変天目ようへんてんもくの茶碗を売りに来たわ!」


 これには驚き、思わず「なッ!?」とマヌケナ声が出てしまう。

 そう、そうなのだ。ここ異怪骨董やさんにおいての絶対のルールがある。

 それは入店を許可された者が持ち込んだ品は、鑑定して対価を出さねばならない。


 だがこの残念娘がソレを知っているはずもなく、なぜと思ったが善次が額の汗をふきながら答えた。


「申し訳ございません。お嬢様がそれを御館様へと売りに行くと言い出したので、ついつい余計な事を口走りまして……」

「善次おまえなぁ」

「ふふふ。聞いたわよ? ここのお店は持ち込まれた品を買わなきゃいけないってね! 迷惑だからやめてほしいと善次に言われたけど、チャンスと思っちゃった♪」

「残念だが〆が居ないからな。俺には鑑定出来ないのでお引取りを」


 釣り竿を肩に担ぎ、愛想なくそう言う。

 すると何を思ったのか、残念娘はツカツカとやってきて、顔の前へと曜変天目の茶碗を突き出す。


 そのあまりの見事な宇宙のような蒼に、生唾を飲み込みながら必死に興味なさそうに言う。


「……ほ、ほぅ。こんな茶碗に価値があるとは思えねぇなぁ」

「あっそぅ? いいのかなぁ……私はこの茶碗をあんたに売りに来た・・・・・・・・・んだけどなぁ?」


 何を言っているのか分からないが、分からなくても俺には分かる事が一つある。

 それは背後で美琴が「だめぇぇぇ!?」とキテレツな声をあげ、わん太郎は「終わったワン」と失礼な事を言うことだ。

 だから迷わず残念女に言ってやる、舐めるなよ強く言ってやるのだ!


なめるな明日香よし買った! 俺を見くびるのはやめていただこういい値で買わせてください!!」

「だめぇぇぇ!?」

「終わったワン」


 なぜだろうか。予想通りの結果になったが、俺の気持ちに後悔は無い。タブン。

 ニマニマしながら、曜変天目へと指をワキワキさせながら近づく。

 すると残念娘はさらにニマニマしながら、すっと頭の上へと箱をあげるとゆっくり話す。


「で・も。今すぐはだめよ? 私の依頼を受けてくれたら、あんたに報酬としてあげる」

「くッ……なん、だ、と!?」


 さらに依頼の事まで嗅ぎつけたか。確かにさっき依頼されて悪妖を滅すると話したけど、まさかそこを利用するとは。

 

「ぅぅぅ。俺の曜変天目ぅぅ」

「な、泣くほどの事なの!? それにまだ私のモノなんだから、変な事言わないの! それで受けてくれるんでしょ?」

「うぅぅぅぅ。こ、断る」

「あら? いいのかしら……ほぉら、こんなのもあるんだけどなぁ?」

「ハイ! 喜んでやらさせていただきまっす!!」


 半泣きで喜んで首を振る。

 だってどうみても、白天目茶碗の当時物だったからだ。

 クソッ! 俺の白天目茶碗ちゃんを人質にとるとは、なんて根性が曲がった娘なんだ!!


「はい、じゃあ交渉成立ね。これで私はお客さんとして堂々と来店・・・・・・出来るわね」

「くぅぅ。ハメやがってぇ」

「あら失礼ね。あんたがどうしても欲しいと言うから仕方なく売ってあげるんだけど?」

「ソウデスネ。ハイ、マチガイナイデス」


 ハイライトの消えた瞳で二つの名品を見つめる。

 すると織田信長公が茶碗に浮かび上がり、「あっぱれじゃ小僧」と褒めてくれた。


「えへへ……ほめられちゃった」


 そんな妄想とも現実ともわからない事が、ここ異怪骨董やさんでは普通におこる。

 それにビクリと驚く残念娘だったが、もう怪異になれたのか「凄いわね」と頷く。

 おまえの順応さに凄いと呆れるも、背後でさらに呆れた声が重なる。


「あぁ。また戦極様がタダ働きになる未来が見えるんだよぅ……」

「今回はちゃ~りゅ代も残らない気がするんだワン……」


 などと失礼な言葉が聞こえるが、気のせいなのだろう。

 喜ぶ残念娘と、ガクリと肩を落とす幽霊娘。

 対照的な二人を乾いた笑いで見つめ、俺は曜変天目茶碗と、白天目茶碗を両手に持ち破顔する。


 その光景を帰宅した〆が見て、さらに呆れたのはいうまでもなかったのだった……。



◇◇◇


「まさかこんな事になるとはな……」


 そんな明日香お嬢様もとい、残念娘の依頼をしぶしぶよろこんで受けたのが運の尽き。

 まさか「暇だから」という理由で、ほぼ毎日おしかけてきては、俺に面倒な依頼を押し付けてくるだなんて、あの時の俺は知る由もなかった。


「ほら、変態さん。今日これから学園へ行ってもらうわよ?」

「この電話は現在使われておりません。番号を――」

「あらぁ? いいのかなぁ? 珍しい急須があるんだけどなぁ?」

「イエス・お嬢様。まずはお茶などをどうぞ!」


 今日もキビキビとお仕事する俺はエライ。

 そう、全ては骨董品のために元気に働く労働者なのだ。


「えらくも無いし、働き者でも無いんだよ?」

「それよりお腹がへったワンよ~ちゃ~りゅおくれ~」


 これだッ。またも心を読まれたとしか思えない美琴にゾクリとしつつ、駄犬を抱きかかえ足をぶらぶらとさせる。


 満足そうに茶をすする残念娘は、俺の気持ちなど知らず「今日はどこでお茶しようかな♪」と、満足そうにスマホでカフェを探す。

 そんな三人を見て、俺はおもう。


「今日も平和な一日が始まるな……俺以外ッ!!」と。



 ◇◇◇



 変態さんと初めて会ってから一週間が過ぎたかな?

 最初は嫌々会ってくれたけど、最近は来ると黙ってお茶をだしてくれる。

 それがちょっとうれしいし、体の中の力も落ち着く。


 変態さんや〆さんは、異怪骨董やさんへ来ると力が無理やり覚醒するかもしれないと危惧していたけど、私には分かる。


「大丈夫。変態さんが居る限り、私は暴走したりしない」


 なぜかそう思える。

 だから紅葉で真っ赤になった鴨川を見下ろしながら、恐怖より希望を探そうと高く澄んだそらを見上げ、自分の中に潜む祕巫女の力を受け止めようと強く思うのだった。



 ◇◇◇  ◇◇◇  ◇◇◇


 ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

 ここまでで第一章となります。

 また機会がありましたら、この続きを書いてみたいと思いますので、何か動きがございましたら、またお付き合いくださいませ。(⁠。⁠・⁠ω⁠・⁠。⁠)⁠ノ⁠

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~妖かし人の陰陽師〜 美少女が骨董屋さんに凸して来て、怪異事件を押しつける……仕事、したくねぇぇ!! 竹本蘭乃 @t-rantarou

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