第26話:国立京都国際会館

「妖かし……にしては少し違和感があるよなぁ。コイツは何だと思う?」

「この消え方だと、多分〝咒そのもの〟が形となったものだと思うんだよ。つまりしゅと言う呪が意思を持って動くって感じなんだよ」

「どっちも呪じゃねぇかよ。ったく、このままここに置いておくと土地が汚れるな……」


 ふと左隣を見ると、わん太郎が楓の葉っぱを頭に乗せ、「変怪の術だワン!」とか言って二本足で立ち上がり、両手を合わせて遊んでいる。

 そんな微笑ましい姿に思わずクスリとしてしまい、ヤツに話しかけた。


「わん太郎」

「何だワン?」


 そっとブタ野郎の死体を指差し、食いしん坊へと「食べてよしッ!!」と優しく命ずる。


「そんなの食べたら、ワレのぽんぽんが痛い痛いするんだワンよ!?」

「チッ、無理だったか」

「せめて食べられるモノにしてほしいワンょぅ」


 ぽむぽむ・・・・とあざとい足音を響かせながら、左肩へとよじ登る子狐に呆れながらもヤツのアゴ下を撫でてやる。

 嬉しそうに「くすぐったいんだワン」と言いながら、へにょりと肩にぶら下がった。

 

「オチもついた事だし、ちょっとブタさんの首を見てほしいんだよ」

「「オチって言わんとてや~」」


 わん太郎と思わず言葉が重なりながら、美琴が言った場所を見る。

 そこには見慣れたモノと、見慣れない……いや、一般人には見慣れないモノがあった。

 つまり俺らの業界じゃどっちも見慣れたものだったが、一般人には馴染み深いものが英数字であり、馴染みの無いものは咒法式だ。


 それらが混在したものが、六角形の陣の中に描かれており、それは〝違和感〟しかない。

 なぜなら、英数字が咒に使われた事などは、これまで聞いたことがないからだ。


「こいつは……落書きで書いたとも思えねぇが」

「そうなんだよ。これが何かは分からないけれど、間違いなく咒法式の一部になっていると思うんだよ」

「一部、か。今コイツの体と、霊脈のリンクはどうなっている? ほら、鎖って言ってたやつな」

「うん、今は完全に消失しているんだよ」


 それなら安心だが……ただコイツを斬った時に妙な感覚があった。

 あれは例えるなら、〝吸われた〟という感覚が一番近いかもしれねぇ。


「何にせよ急いだほうが良さそうだ。嫌な予感がするぜ」


 そう言いながら、異怪骨董やさんへ向けて式神を飛ばす。

 あの特殊空間には携帯の電波は届かないからだ。

 そのうち〆の手の者がやって来て、汚れた死体を回収するだろう。


「うん、行こう。次は国立京都国際会館周辺なんだよ」


 一つ頷き、肩にわん太郎を乗せて走り出す。

 菖蒲の向こうから、うっすらと赤い咒法式が見えるのを睨みつつ、最短コースで走り続ける。



 ◇◇◇



 ――同時刻、宝ヶ池の一画にある四阿あずまやへ向かう、大柄の黒子が鼻歌を奏でながらしっとりと歩を進める。

 天然石で造られた十段の階段を、静かに踏みしめ歩きながら、頭巾の内側で口角を上げ嗤う。

 やがて四阿へ到着した黒子は、テーブルへ腰掛け懐より独鈷杵どっこしょを取り出す。


 それは密教の宝具としてよく使われる形状だが、材質は漆黒の金属で出来ていた。

 形は普通で、細長く持ち手部分の両端が尖っているものに、中央には漢字の〝升〟という文字に似た、〝サ〟という読みの梵字が刻まれた玉がはめ込まれている。


 それを神喰の月光へと捧げるように持ち、震える手を抑えきれない。

 やがて体全体が震えだし、それが唇へと到着したと同時に口が開く。


「クヒヒ! キタキタキタアアア!! やっと、文曲ぶんぎょくが輝けるというものデスネ~。ほぉ~らこ・ん・な・に美しく輝いてるデスネ~」


 文曲はさらに黒い独鈷杵を神喰の光へと捧げ持ち、上半身は左右に揺れ、両足はバタつく。

 よほど嬉しいのか、首まで上下に動く。


「さぁさぁ古廻よ。文曲のために踊って踊って踊りつくすデスネ!!」


 不気味に笑いをこらえながらも、器用に〝クヒヒ〟と笑う。

 眼下に見える宝ヶ池を見つつ、目尻はいやらしくほころび古廻を待つのだった。



 ◇◇◇



「ここか美琴?」

「そう、ここで間違いないんだよ。だけど池の方じゃなくて、あっちみたいなんだよ」


 美琴がいう方に異常な気配を感じて左側へと向き直す。

 そこには古の戦艦が二隻並んだような、堂々とした建物が見えた。


 ――国立京都国際会館。

 昭和四十一年の五月二十一日に開設されたこの場所は、稀代の建築家によってデザインされた国際会議場だ。

 初めて見た者は、まるで安宅船あけたぶねと、難攻不落の城が現代に蘇ったような外観に圧倒されるだろう。


 そんな国立京都国際会館と、宝ヶ池に繋がる通路に雅な橋が複数ある。

 この場所を幸ヶ池といい、小さいながらも複数の生命に満ちていた。

 

 モリアオガエルが神喰の結界を憂うように〝コロロロロ〟と鳴き、鮮やかな錦鯉はその色合いを濁らせる。

 

「やれやれ、ここも化獣ばけものが居るみてぇだな。おっと、こっちはあぶないぜ?」


 宝ヶ池より、のっそりと歩いてきたニホンイシガメを宝ヶ池へ戻してやり、手を打って汚れを払う。

 その音に気がついたのか幸ヶ池の踊り場より、刺し殺す勢いで威圧が飛んで来た。

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