第25話:菖蒲園

「あ~ぅ~痛いんだワンょぅ」

「魔法幼女だぁ? ったく、真面目に聞いた俺が馬鹿だったよ。破壊しようにも、あそこまでは斬撃も届かねぇ。さっきチラリと見えたが、ボートも壊されていたしな。さてどうすっかな……」

「ワレが凍らせてもいいけれど、やっぱり駄目だワンよね?」

「だな。お前の力で、大規模な咒法式が防御形態になるかもだしな」

「それに、わん太郎の力はあまり使っちゃいけないんだよ」


 わん太郎は氷系の力に特化した不思議生物だ。

 しかし、その力を制御するだけの力が、今の俺の使役技量では危うい。


「すまねぇな……俺の陰陽術は不完全もいいところだ」

「不完全ねぇ? まぁ、結界もまともに張れないのはそうかもなんだよ」

「返す言葉もねぇよ。まぁ別の方法を探るさ」


 そう言いながら、視線の先にある赤い文字列が月光を閉じ込め、光を逃さないのを苦々しく睨む。

 だがその不思議な光景に少し見とれていると、腰の妖刀から声がする。


「悲恋を使って解析してみたんだけどね、神喰の結界は比叡山の霊脈を使っているんだよ」


 流石は美琴。意識があっても・・・・・・・分析コレ系統にはマジで頼りになる。

 

「これだけの大規模な咒法式を組みあげ、それを使うってんだから納得だ」

「あともう一つ。今回の咒法式は、三箇所からも吸い上げているみたいだよ」

「三箇所? あそこに見える中心以外にもあるってのか?」

「そうなんだよ。気脈の中心は池だけど、どうやら他にも繋がっているぽいんだよ」


 美琴はそう言うと、近くにある案内板の所へ行けと言う。

 見れば宝ヶ池公園全体の要略図が書いてあった。

 

「今がココ。それで一番近いのが菖蒲園しょうぶえん。次に国立京都国際会館前の水庭園だよ」

「またグルリとあるな。最後の一つは?」


 迷いながら美琴は「うん」と言うと、その続きを話す。


「最後は……多分、ココ。梅林園だと思うんだよ」

「珍しいな、自信が無いなんて。どうしたよ?」

「なんと言うか……ううん。とにかく行ってみるんだよ」

「分かった。そこにある何かを破壊すれば、中央の咒法式も弱まるんだろ?」

「そのはずなんだよ」

「おし! んじゃ行こうぜ。どのみち初見の法式だ。対処は臨機応変ってな」

「その対処、いつもと変わらない気がするのは、ワレだけかワン?」


 そこの子狐だ犬、うるさいですよ。

 ったく、まずは菖蒲園か。確かあそこは名前の通り、菖蒲が見事だが一体何がある?


 ――菖蒲園。

 年間一万人ほどの来場者を叩き出す、盛には菖蒲が咲き誇る美しい場所だ。

 現在は神喰の月蝕に照らされ、楓の赤一色の絨毯に染まった幻想的な丘陵となっている。


「着いたはいいが、何だこの気配は」

「戦極様、赤絨毯の上だよ」

「んぁ~? アレは猪かワン?」


 俺の疑問に二人が答え、それの存在をはっきりと認識した。

 確かにそこには猪がおり、こちらを睨みつけ動かない。


 その体は通常の猪より確実に四倍はデカく、見た目からして違う。

 大体、体毛からして異常といえる。それは黒檀で造られたかと思うほど、黒々と禍々しい月光を纏う。


 口元の牙だけが白く輝き、その鋭さを実感出来る程に尖っていた。

 油断なく見ていると、猪は細めていた瞳を見開き、楓よりなお赤い血走った瞳で犬が遠吠えをするように猛る。


「来るかッ!!」


 そう言ったと同時に、漆黒の猪は斜め下を向きつつ、睨みつけ口角を上げ襲いかかる。


「チィッ、化獣ばけものの分際で」


 漆黒の猪が迫ること、残り六メートル。前足をかき込みながら、獰猛に牙を光らす。

 悲恋を抜刀し、左足を目一杯後ろへと滑らせ、こちらも斜め下を向く体勢となる。


 突進する化獣猪との距離――互いの間合い内。

 

 まずは鋭い牙で、低くなった頭めがけて化獣猪は突っ込む。

 と、同時に頭をさらに低くし、ナイフより凶悪な牙をかい潜り、そのまま斜め上に悲恋を一閃。


 硬い金属を切断したかと思う音が響き、次いで風切り音がした瞬間、楓の木に牙が勢いよく突き刺さる。

 一瞬理解が出来なかったのか、化獣猪は「グフゥ……ッ!? ブゴオオオオ!!」と怒りの声が周囲に木霊する。


「人間様をナメルとそうなる。分かったかよ、化……あぁ面倒だ。お前、黒ブタ野郎な」


 悲恋を右肩に担ぎ、黒ブタ野郎へと左親指を下向きに言い捨てる。

 それの意味が分かったらしく、激しく鼻息を荒く三度吐く。なかなか知性が高そうだ。


「戦極様見つけたんだよ。あのブタちゃんの首の下から、地面へと鎖みたいなのが見えるんだよ」


 鎖? 俺には見えねぇが……いや、美琴が言うんだからあるんだろう。

 ならやる事は一つ。まぁ簡単だ。


「おい、黒ブタ野郎! 狙うならココ。そうだ、俺の心臓をついて来い!」


 おぅおぅ、前足でそんなに地面を掘るなよ。ったく、分りやすく猛り狂いやがって。が、こんな安い挑発に乗るかよ?


「だがチャンスってやつだろ」

 

 猪突猛進を体現したその動きは、ギラつかせた赤い瞳で突っ込んでくる。

 その距離残り二メートル半。「ギョオオオ」と吠える黒ブタ野郎が左足に噛みつく瞬間、ヤツの鼻を踏み台に上部へと大きく飛ぶ。


 さらに楓の太い木枝の裏側へと両足をつき、そのまま蹴って枝の反動を使い下へと急降下。

 黒ブタ野郎も俺を見失った事で、急ブレーキをし振り返った事で互いの視線がぶつかる。


 一瞬、ヤツが「ブグゥ!?」と唸った刹那、悲恋を真上から菜切り包丁を使うかの如く、真っ直ぐ振り下ろす。

 ビクリと一度大きく痙攣した事で、悲恋を勢いよく振り切り、そのまま鞘へ納刀した。


「次に殺りあう時まで精進しとけよ、黒ブタ野郎」

「……もぅ、死んでいるんだよ」


 美琴がそう言った瞬間だった。大きな頭が真っ直ぐストンと地面へ落ち、その首から真っ黒な体液が吹き出す。

 だがこの体液、どうも普通じゃない。


 見た目は液状であるが、吹き出た瞬間蒸発してしまうからだ。

 やはりマトモな存在ではないと、改めて思いながら美琴へ話す。 


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