第5話:邂逅 壱
◇◇◇
――明日夏が異変に気がついた同時刻、左大文字山と呼ばれる個人所有の山頂付近。
立入禁止のそこに、夕暮れに沈む黄金の寺を見下ろす二人がいた。
「いかがなさいましたか?」
一人は明日夏に悪魔執事と呼ばれる男、善次である。
その善次が気怠げな男の背中へ問う。
「いかがも
気怠げに応えるもう一人は、新月の夜が
それを縛ってまとめ上げながら、世間一般で言えば美丈夫な顔を歪め、下界を睨みつける。
ため息を長めに一つ。そしてダルそうに山に描かれた〝大〟と見える、五十三基ある今は消えている、火床の中央へと腰をおろす。
その様子を見て、善次も意味を知り静かに口を開く。
「やはりそうでしたか……
御館様と呼ばれた男は強く歯ぎしりをすると、「そうらしい」と口惜しむ。
だが疑問が一つ脳裏に浮かび、善次へとそれを確認。
「善次ぃ。まさかと思うが、オメェん所の姫さん……
「来年、十八の八の月、八回目の満月の夜に覚醒となっております」
「バカヤロウ、今年の満月の始まりを忘れたか?」
「今年……ッ!? 最初の満月が、元旦という事を失念しておりました」
「チッ、やっぱりそうかよ。数年に一回、月に二回満月になる事がある。今年の満月は俺らの業界でも異常だが、一般人には
男は苦々しく早くに昇った天空にある、真紅に染まる月を見上げ静かに続ける。
「神喰いの月蝕だ」
善次もその意味を思い出し、ハッとする。
そして守るべき対象を思い出すと、男の背に早口で話す。
「御館様申し訳ございません、これよりお嬢様の元へとまいります」
それに答えず男は火床の縁へ立ち上がると、日本刀を左手に持ち抜刀。
さらにその刀身の先を聖籠学園の方へ向けると、善次へと口を開く。
「それじゃあ遅え。見ろ……今、封滅結界が破られた」
「ま、まさかお嬢様が!?」
「そうとしか思えねぇ。稀に一般人が引き込まれ殺される事もある。が、どう見ても封滅結界が破られたとしかな」
善次は視線を、男が指す方へと向ける。
すると禍々しい神気が立ち上り、空間へと亀裂が入っているのが見えた。
それを確認した善次は、即座に動こうと右足を一歩踏み出す、が。
「待て、お前じゃ間に合わねぇよ」
「し、しかし御館様ッ!」
「しかしも案山子もねぇよ。ハァ~、帰ってきて早々お仕事かよ。面倒ったらありゃしねぇ」
「申し訳ございません、私めが
「マッタクだぜ。まぁ、今なら何とかなるだろう。善次、後は頼んだぜ?」
「はい、後処理はお任せを。この度は申しわ――」
そこに男が善次の言葉に被せ、納刀し終わった右手を振りながら話す。
「――あぁいいって、気にするなよ。んじゃ、行って来るか~」
「御武運を」
「はいよ~。行くぞ、わん太郎」
男はそう言うと、驚くほどの速さで山を直進して下山していく。
木も岩も、何もかも障害物がないかの如く、傍らに〝もふもふの小さな青い獣〟と共に走る。
そんな様子に頭を下げ、男の気配が消えてから頭をあげる善次。
胸ポケットより
「至急お嬢様の元へと向かってくれ。場所は学園から少し行った商店街あたりだ。……あぁ、後処理も頼む」
電話の向こうから静かに、「承知しました」と声が聞こえると通話を切る。
嘆息を多めにしつつ、自分のミスを悟り形の良い眉を潜め口を開く。
「まさか、お嬢様は水亡月の日に封滅の結界に触れた? だが……」
首を左右に振りながら、現実を直視する。
思い返せば最近、明日夏の近くに小物の妖かしが憑いていた。
が、それは来年開放する〝覚醒の儀〟に耐えうる体の、
しかし視線の先にある空間の亀裂を見つつ、ソレを認識する。
明日夏は既に半端な覚醒状態にあるのだと、善次は手を強く握りしめ。
「アレが全てですね。御館様、お嬢様をお願い致します」
去った男へともう一度頭を下げると、これまた常人以上の速さで下山するのだった。
◇◇◇
――善次達が動き出す少し前。商店街の一角で、明日夏は少女へと必死に走る。
「これ……なんだろう?」
「
「お姉ちゃん? ぇ、なにこれ!?」
少女が私に気が付き歩みを止めた瞬間、突如空間がさらに歪みはじめ、少女を呑み込み始める。
その勢いが徐々に早くなり、もう考えている暇なんて無かった。
だから――突っ込む!!
「助けてお姉ちゃぁぁぁん!!」
「くッ……手を伸ばして掴まってッ!!」
なんなのこの渦ッ!? この子の体が半分もっていかれた!
このままじゃ吸い込まれちゃう、こうなったらこの子だけでもッ!!
「いい? お姉ちゃんが今引っ張るから、抜けたら後ろのガードレールに掴まって!!」
「う、うんわかった!」
思いっきり少女を引っ張る。
半分ほど吸い込まれた左半身が徐々に渦から抜け出ると、そのまま強く引き抜き出す。
「っくぅぅぅッ抜けた! このまま掴まって!!」
抜けたと同時に、私は少女を放り投げるように背後へとグルリ回し押す。
少女は転びそうになりながらも、なんとかガードレールへと掴まり吸い込みから逃げ出した。
と、同時に私が紫の渦へと吸い込まれはじめ、次の瞬間。
「お姉ちゃあああああああああん!?」
紫の歪んだ空間が閉じる瞬間、その向こうから少女の悲痛な叫び声と顔が見える。
その様子を見て「無事でよかった」と一言つぶやくと、意識が徐々に飛び始めた。
◇◇◇
「――――痛てて……ひどい目にあったよ。って、ここは?」
次に目覚めた時、うつ伏せになった状態で倒れていた事に気がつく。
焦り体を起こし周囲を確認すると、知らない路地裏にいた。
左右が古い木の板で出来た壁に囲まれ、はるか前方に赤い渦が見える。
どうやらあそこからココへと放り出されたようだ、が。
「なんだろう……あの渦へ近寄っちゃダメな気がする。それに空が割れている、の?」
渦の上空にヒビが入ったように見える、不気味な赤黒い空が怖すぎる。
そしてなぜかあの渦へと入ったら、二度と戻れない……そんな気がして進む気になれない。
理由は分からないけれど、先程の渦とは違い逆回転に回っているのと、血の色をした不気味さがあったからだ。
しかも〝どろり〟とした粘着性があるようにも見え、まるで捕えた獲物を捕食した獣の口内みたいな気持ち悪さにゾっとした。
「きもちわるい……ひぅッ!?」
次の瞬間だった。背後から〝ゾクリ〟とした気配がし、思わず息を呑む。
いまだ向いていない方向――背後へと首をゆっくりと動かすと、そこには燃えるように赤く、ひと目で
柱は大きく傷つき、台石はカケ落ち、
そう、私はコレを知っている。あの時、あの場所で見た渦の向こうの異常なモノ。
全てはコレを見た瞬間から始まった。
この――朽ち果て滴るような、〝真紅の鳥居〟を見た瞬間から。
どうしてか、この木材だけで出来た鳥居が生きている。そう思えるほどに存在感があり、今にもあるき出しそうなほどに感じるけれど……。
「あ、鳥居の奥にお社がある。もしかしたら誰かいるかな?」
怖い……けど、ここに居るよりはマシだよね。
どのみち一本道だし、後ろには渦がある。なら進むしかない、か。
左右の壁の向こうはどうなっているのかな? 高くて乗り越えられそうにないし。
「大体こんな場所に、壁も道も無かった」
恐怖からか独り言が多くなる。
何か話していないと孤独に呑み込まれそうだ。
古い材質だけど壁には節穴の一つもなく、もし逃げ出せそうな穴でもあれば、そこから脱出を試みようと思う。
が、そんな期待も簡単に裏切られ、強制的に私をあの鳥居まで運ぶ。
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