第4話:フラグ

 ◇◇◇


 ――と、数時間前の自分がそう思っていた事に腹が立つ。

 あの時、あの時点で気がつくべきだった。

 日常が非日常に変わったという、フラグを見逃すべきではなかった。

 本当に気のせいかどうか……それはこの後に起こる、恐ろしい出来事がすべての答えだと知らず。


 ◇◇◇



「ふぅ~、これで一日も終わりかな。今日はハードな一日だったなぁ」


 若いのに凝り固まった背筋を思いきり伸ばし、あくびをしながら空を見上げる。

 善次はまだ来ないし、せっかくの誕生日だから何か記念にほしいな。


 あ、でも……ふふ。これは嬉しい。

 さっき緋依が誕生日プレゼントにくれた、左手首に巻かれた緋色のミサンガをそっとなでてみる。

 なんとも言えない不思議な質感で、何かの皮だとは思うんだけど、それが何かを考えるのも楽しい。


 それに手作りってだけでスッゴク嬉しいし、なんだか満たされた温かい気持ちで頬が緩む。

 夕日がローストするように空を焦がし、白雲が食欲をそそる茜色に染まる。

 それを見ながら迎えに来ない、悪魔執事を思い出し軽く嘆息。

 

「緋依も帰っちゃったし善次待ち、か。お腹へっちゃったなぁ」


 そう言いながらスマホの画面を確認する。

 画面の半分を占領する、アナログ時計のアプリが十七時半を指す。

 秋も深くなり、最近では日が落ちるのも早い。

 

 だからだろうか。このまま帰宅すれば、せっかくの記念日が台無しになる気がした。

 善次に〝学園から出るな〟と朝も言われたが、このまま帰っても味気ない食事を一人で食べるだけ……。


 それより少し離れた場所にある満田屋まで足を伸ばし、着飾った味気ないケーキよりも、おばちゃんが作ってくれるイチゴのクレープが食べたい。

 フワっとした生地に、これでもかと生クリームを入れ、芸術的に積み上がるイチゴ思い出す。


「……よし、行こう。時間になっても来ない善次が悪いのだよ、ふふふ」


 茜色に染まるイチゴに見える雲が、私を至高のクレープへと誘う。

 もう誰も私の歩みを止めることは出来ない。それは絶対的な宇宙のルール。

 だからこそ、少し迷いはしたが善次との約束よりクレープを優先し歩く。

 が、そこに不愉快な声をかけられ、足をとめる事になった。


「枢木明日夏。今日は歩きで帰宅ですの? これだから品の無い女は困ったものですわね」

「副会長……ええ、たまには秋の古都を愛でようかと」

「まぁ! そのような風情を楽しむ心が、山猿みたいな貴女にありまして? アタマ、大丈夫ですこと?」

「菓子くへば、腹が鳴るなり、副会長……」

「な、何を言って――」


 副会長がギクリとお腹を押さえた事に、吹き出しそうになりながら言葉を被せる。


「先程お菓子をたっぷり食べていたのに、法隆寺の鐘よりも大きい音が、副会長のお腹から聞こえます」


 午後の生徒会役員会が終了し、会長が退出したとたんに山田三姉妹と菓子を貪り食う四人。

 どうやったらあの量を消費できるのかと思ったけれど、あっという間に食べ尽くすのを見て呆れたけど、もうお腹が空くとは驚きよね。


「こ、これは違ッ!!」

「副会長のお腹より食欲の秋を感じさせていただき、感謝いたします。私にも秋を感じる感性があったようです。ではごきげんよう」


 ◇◇◇


 枢木明日夏はしずしずと、美山美玲わたくしの前を去っていく。

 わたくしが〝優しく言葉をかけてやっている〟のに迎合せず、しかも事あるごとに、わたくしに嫌味を吐くのが許せない。

 わたくしよりも劣る美貌びぼうを持ち、スタイルも家柄も美山家以下のはず。

 それなのに生徒会長光さまは、わたくしよりもあの女に夢中なのが許せない、絶対に!

 

「わたくしを馬鹿にした事を、必ず後悔させてやりますわ……」


 そう言いながら、わたくしはあの女の後ろ姿を射殺すように、睨みつけるのが精一杯だった。



 ◇◇◇



「ぉぅッ!? 何か後ろから悪寒がするぅ」


 副会長が何かわめいていたけど、気にしないで歩いて行くと背後がゾクリ。

 両腕を抱き、震える体をさすり歩く。

 その格好がおかしかったのか、すれ違った小学生達に笑われながら、ほほを染めて至高のクレープを目指し歩く。


「ほほが赤いのは夕日のせい。きっとそうに違いないわ」


 そんな事をブツブツ言いながら歩く。

 その様子が面白かったのか、付いてきた小学生を引き連れて歩くこと数分後、目的の満田屋に到着。

 私の芸に魅了された三人の小さな観客は、満田屋から香る甘い香りに夢中だ。


「「「わぁ~! あまくて、いいにお~い!!」」」

「そうでしょうとも、ここは至高のクレープを焼いているのですからね?」

「おいしそう……」

「いいなぁ~」

「お腹へったよぅ」


 その言葉を聞いた可愛らしい観客は、お腹を可愛く鳴らす。

 副会長と違い、申し訳無さそうな音にクスリとし、一つの提案をする。


「ねぇ君たち。よかったら、そこでクレープを食べないかな? 今日私の記念日なんだ、一緒にお祝いしてくれたら嬉しいな」

「え? もしかしてお姉ちゃん、今日お誕生日なの?」


 それに「ええそうなの」と答えると、紅一点の女の子が大きく両手をあげて、「おめでとうお姉ちゃん!!」と祝ってくれた。

 女の子の様子を見た男の子達もうなずくと、女の子を挟んでうなずく。


「「「せ~の! ハッピバースデーお姉ちゃ~ん♪」」」


 その後可愛らしい歌声に癒やされホッコリしていると、満田屋から女主人が出てくのが見えた。

 その手にはこの店の名物、〝SP一五・ヴァッグ・ヴゥゥレーヴィカー〟と名付けられた、至高のクレープが四つ持たれている。


 これだけ内容が贅沢盛りなのに、たった三百五十円で販売してくれるおばちゃんが眩しい。

 眩しすぎて直視できない。貴女が神か!!

 ちなみに誰も正式名称は言わず、イチゴクレープと呼ぶ。


「おめでとう明日夏ちゃん。これ、おばちゃんからのプレゼント。はいどーぞ。あんたらも楽しいお歌を聞かせてくれたから、ご褒美だよ♪」

「「「わあああああ!!」」」


 三人はあふれるほどの笑顔で受け取ると、口の周りを真っ白にしてクレープをほおばる。

 その様子を見て私も嬉しくなったが、同時におばちゃんに申し訳なく話す。


「おばちゃん、こんなに沢山もらえないよ。ちゃんとお支払いするから、ね?」

「何を言ってるんだい。いっつも善次さんが、お代を余計に置いてくれていってくれているけれど、アンタの差し金だろう?」


 おばちゃんは右人差し指を立てるとチッチと口を鳴らす。


「いやあれは……」

「分かっているさね。明日夏ちゃんがこのクレープを愛してくれているのはねぇ。だけどイチゴが高い時期は結構大変なのさね。だから本当に助かるよ」


 回りを見渡しながら、おばちゃんはさらに続ける。


「それに、この商店街が元気なのも、明日夏ちゃんが活性化してくれているからだ。みんなあんたに感謝しているのさ」

「うぅ……」


 なんでバレているのよ!?

 こっそりと、うちの食材や必要なものは、ここの商店街から買うようにしていたのに。


「あっはっは。分かりやすく顔に出る子だねぇ。そりゃあ分かるさ。善次さんがすべて仕切っているからねぇ」


 あの悪魔執事ぃぃ。変なところだけ抜けているんだからッ!

 ま、まぁいいわ。ばれちゃったものは仕方ない。


「それじゃあ、お言葉に甘えせていただきます。はふ……おいしい♪」


 私の幸せな顔をみたおばちゃんは腰に手を当てうなずきながら、もう食べきってしまった子ども達を見る。

 その速さに「もう食べたのかい」と呆れたおばちゃんは、一人居ないことに気がつく。


「あれ、あの娘はどこに行ったんだい?」

「え? 今ここに居たはず――ッ、いけないッ!!」


 満田屋から二軒隣にある場所。

 今は建て替えをしていて空き地のハズだったが、そこに妙な空間の歪みが見えた。

 その空間に見覚えがある・・・・・・私は、クレープをおばちゃんに押し付け、歪みに入ろうとした少女へ向かい走る。

 

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