第3話:登場

「綺麗……」

「キミのほうが美しいさ。ハッピバースデー明日夏」


 ハァ~、朝の清々しい気分が台無し。

 どうして何時もコイツ、この勘違いヤロウ――伊集院光いじゅういんひかるは私に声をかけてくるのか。


「おはようございます、伊集院会長。では失礼します」

「おいおい、それはつれないじゃないかハニー? 僕が教室までエスコートするよ」


 っぶ! 何を言っているのよ、この勘違い金髪は。

 確かに外見は良いけれど、その勘違いの言動が本当にキモいのよ!

 やだ、その髪をかき上げている仕草……卒倒しそうなほどキモイ。


 ホワイトニングした歯も、妙に光りすぎて怖いんですけど。

 もしかしてLEDでも仕込んでいるのかしら? お願いだからこっち見んな。

 それにハニーって言うのもやめてよね。大体ソレって――。


「――それはそちらの家が勝手に決めた事。私は了承していませんので、許嫁の話はなかった事に」

「ハッハッハ、そうはいかないさ。なにせ許嫁の話はキミの父親からの申し出だからね」


 そうだった。あのバカ親父おとうさまが勝手に決めたんだった。

 おかげで今日の二人の喧嘩の発端は、それが原因だったわね。

 ハァ、最悪の誕生日おめでとう私。ハッピバースデートゥーミー♪


「個人の自由意思は尊重されるものです」

「フッ、そんなものが僕らの世界にあるとでも?」

「…………」

「ま、今はいいさ。今後の明日夏に期待しているよ」

「……失礼します」


 そう言いながら、伊集院生徒会長を背に歩き出す。

 思わず右手を強く握りしめた事で、爪が手のひらに食い込み痛みを感じる。

 だがそれでもやめず、強く、強く握りしめた。


 そう――私には自由がない。

 いえ、私だけじゃない。あの伊集院光ですらそれは許されないは理解している。

 それも全てくだらない〝家柄〟とやらのせい。


 この学園は世間からすれば、かなり裕福な家庭の男女が通う場所。

 だけれど、私を含めこの通路を使える人は、それすら足元にもおよばない財を持つ家ばかり。

 衣食住、何一つ不便を感じた事は一度もないばかりか、欲しい物は何でもそろう経済的には恵まれた家。


「だけれど……」


 私達は見えない蜘蛛の糸に生まれた時から縛られ続け、壊れてもマリオネットのように踊り続ける。

 生きている限りずっと、ずっと。あの私の両親のように。


 両親は望まない結婚だったと、日々の罵詈雑言から聞こえたことがあった。

 だからこそ自由を求め、互いに足を踏み外したのだろう。


「自分達はもう、蜘蛛から逃げるだけの力がついたと勘違いをして……」


 勘違いの代償は大きい。ヒリつく眼差しで、全てを見抜いているんじゃないかと思える、あの老婆が居る限り。

 

「それは許されない、か」


 そんな事を考えながら、足音静かに廊下を歩く。

 やがて十字路へ差し掛かり、一般生徒達と出会う頃には静寂から喧騒へと場が移る。

 静かなあの空間も好きだが、私はこちらのほうが大好き。

 なぜなら――。


「――おっはよ明日夏!! 今日もか~い~ねぇ~」

「ちょ、やめてよ緋依ひより。髪をクンクンしないでちょうだい、恥ずかしい」

「えぇ? やっだも~ん。明日夏はと~ってもいい匂いがするんだも~ん」

「も~んじゃありませんよ。もう高二なんですから、落ち着きなさいよ」

「えへへ、ありがと~。明日夏だ~いすきぃ」

「褒めていませんが?」


 そう、私にはこのこ、〝明神みょうじん緋依ひより〟がいる。

 高一の頃、なぜか突然仲良くなった。理由は……ない。気がつけば隣に緋依がいたのだから。

 ある日、緋依になぜ仲良くなったかと聞いた事がある。


 ――え? 仲良くなったきっかけぇ~?

 ――そう、あなたは覚えている?

 ――ん~と~。えへへ、忘れちゃった。でも別にいいんじゃな~い? 愛し合うのに理由などいらないのさッ!!


 そう自信たっぷりに宣言する緋依に呆れつつも、なるほどと思う。

 人が人を好きになるのに、理由など些細なものだ。

 無論、愛し合うと言う部分は強く否定したんだけれど、あまり通じていない気もする。

 

 そんな親友である緋依は、緋色の髪をゆるく編み込んだサイドテールがよく似合う。

 私が男だったら、こんな優しげで顔も可愛らしい娘をほっとかない。

 でも私はあいにく女なのです。

 からみつく緋依を払っていると、隣から声が聞こえてきた。


「おい……」

「ああ、今日も明日夏様は美しいな……」

「俺は緋依ちゃんがいい。あの凶悪なボディに悩殺されちまう」


 ただ毎朝この視線と、会話が聞こえるのが苦手だ。

 と、言うか……私だってそれなりにあるの! 隣の爆乳娘がおかしいの! フンッだ。


「ちょっと~ボクの明日夏を変な目で見ないでよねぇ~」


 そう言うと、緋依は私の胸を背後から思いきり持ち上げ、おかしなアピールを始める。

 あの。後のボクっ娘さん、やめていただけませんか? おかげで男子が獣のように目をギラつかせていますが。


「「「おおおおおおッ!!」」」

「もう緋依、もっと変な目で見てるじゃない。毎朝何をするのよ。てい」

「あ痛ぁ~もぅ、叩かないでもいいじゃな~い」

「また貴女なの枢木明日夏。ここは痴女が通っていい学園ばしょじゃなくてよ?」


 突如私が歩いて来た方から声がかかる。

 振り向けば聖籠学院の副会長、容姿端麗だが意地の悪さが顔からにじみ出た女――〝美山みやま美玲みれい〟が扇子を片手に立っていた。


 どうやら私は美山先輩に嫌われているらしく、会うたびに嫌味を言われたり、流言飛語を流されたりしているらしい。

 一体私が何をしたのか? 今でもそれが分からず、嫌味を言われるからついつい反撃してしまう。


「おはようございます副会長。今日も痴女のように短いスカートがステキですね」

「なッ!? わ、わたくしの何処が痴女だと言うのです!!」

「お鏡が無いのなら、私が副会長の自宅へと午前中のうちにお届けしますが?」

「ば、馬鹿にしてッ!! ちょっと家柄が良いからと、鼻にかけすぎじゃございませんこと!?」

「そちらも鏡を――」

「――もういいです!! 朝から不愉快ですわ!!」


 美山先輩はそう言うと、開いた紫色の扇子をパンと勢いよく閉じて足早に去る。

 その後ろを金魚のフンよろしく、取り巻きの女子三人が付いていく、が。


「枢木家だか何だか知らないけれど、美山様の足元にもおよばないくせに」

「そうよ。顔もなんだか陰気臭いし、本当にキモチワルイ」

「大体、時代遅れの学生カバンとか持って恥ずかしくないの? ダサいし、見ているだけで恥ずかしい」

「「「クッソ、ブッサイクな女!!」」」


 と、練習でもしたのかと思えるほど、卓越した連携で私をディスりながら、くねる妙な動きで去って行くのだった。


「すっごいねぇ~。あんなに太っているのに、クネクネしながら去っていく~」


 緋依は額に右手をそえ、山田三姉妹のうねる足取りに驚く。

 いつもの事ながら、私もその妙な動きに見入っていると、男子が山田姉妹について話し出す。


「さすが三つ子。悪口が流れるようにつながっていたな」

「あぁ、そしてあの妙な動き。いつ見ても芸術的ですらある」

「身長が百五十センチのあの巨体でよくやるぜ」


 そんな男子の感想に思わず二回うなずいたところで、朝礼まで時間が無いことに気がつく。

 

「緋依、朝礼が始まっちゃうから急ぎましょう」

「あ~本当だぁ! 早くいこ~よ~」


 緋依はそう言うと、私の左手を引っ張る。

 廊下を走っては行けませんよ緋依? まぁ、私もよく走るんだけど。

 だって忙しすぎるでしょ私? なので神様も許してくれると思うんだよね。うん。


「朝からとても良い十七回目の記念日ね……」


 そうポツリとつぶやきながら、差し込む朝の光が眩しい廊下を私達は走る。

 その光は当然外から窓の木枠を映し出し、廊下に映りこむ影が徐々に濃くなっていくように感じた。

 なぜかそんな気がしたが、最近起きる〝気のせい〟だと思うことにしようと思う。

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