三ツ星、追及する。雁や、白状する。

「雁や」


「うん、なに?」


「俺の事が嫌いになったんじゃないのか」


「っ…えっと…」


目を泳がせ、雁やはリビングの散らかりを片付けようとする。

その手を三ツ星は掴んだ。

強く、掴んだ。


「どうして俺に別れてくれと言った」


すごく強く強く、命令に近い問いを投げつけてしまった。

後悔はない。

だって納得がいかないのだ。


雁やと共に居た時間、三ツ星幸せに満たされていた。

雁やを、失った途端、三ツ星は腑抜けになった。

幸せが、消え去った。

身体の半分が機能しなくなった。

それは仕事に支障をきたした。

だから、幸せを取り戻そうとした。

けれど、幸せは雁やがもたらすものだ。

そうなれば、失った幸せを取り戻すのは不可能だ。

だから、三ツ星は諦めた。

諦め、せめて自分を好きだと言ってくれる人と共に居ようとした。

その結果が頬を叩かれる、憤怒される。

納得がいかない。

もう、いかな答えでも、納得がいかない。


いつまで経っても手を離さない、その上話さない三ツ星に、雁やは困り果て小さくなった。

元々大きな体をしている訳ではないから、シュンとした様子に三ツ星は少しだけ同情していた。

いや、もう何処にも行けない身体なのだから、それはもうしっかり援助するつもりではあった。

でも、別れを告げた癖にかわらぬ愛を注いでくれているのには、本当に納得がいかなかった。


「あの、な」


雁やは自分のつま先を見つめながら、ついぞぽつりと漏らし始める。


「…おれ…三ツ星の子供、産めない、ほうだったから…」


高所から突き落とされたような感覚が三ツ星を襲った。

どうしようもない怒り。

なぜ、という悲しみ。

憤り。

目の前が真っ白に、だけど、目の前には雁やが。

三ツ星は呻くように言葉を吐いた。


「俺の幸せは俺が決める」


「でも」


五月蠅い、と一喝したかった。

相手が雁やだという事を。

雁やが泣きそうな顔をしている事を。

想い留め、ぐっと唾と共に飲む。


「俺の幸せは、雁やと一緒に居る事だった」


やや、いやかなり怒気を孕んで告げてしまう。

きつく、言葉を投げつけてしまう。

だって事実だ。

別れたくなかった三ツ星の本心だ。


痛烈な本心に晒された雁やは、顔面を蒼白に両目に涙を浮かべた。

唇が震えている。

抱き締めてキスして慰めたい、そうは思った。

けれど、納得がいかない三ツ星はどこまで冷酷に雁やを見下ろせた。


「おれ」


声が震えてる。

ああ、抱き締めたい。

まだ、駄目だ。


「三ツ星と結婚したかったよ」


ゆっくり瞬き大粒の涙が頬を伝い顎から落ちる。

拭ってやりたい。

その言葉に納得したい、いやまだ駄目だ。


「でも」


言え、真実を。

三ツ星は瞬きひとつせず、雁やを見つめ続けた。


「こどもうめないおれなんかが一緒にいるなって」


三ツ星は奥歯を噛み締めた。

なんて。

なんて。

なんて勝手なんだろうか。

許せない。

許さない。


雁やにそう言った者。

そう考える者。

頬を叩き出ていく理想に恋する者。

雁やを傷つけた者。


辛い言葉で追い詰められた雁やを、護れなかった自分を。


三ツ星はそっと掴んでいた手を離した。


そうだって、雁やも、許せない。


「そう、言われたのか」


黙って頷いた雁やが鼻を啜り、


「おれ本当は、三ツ星の父ちゃんも母ちゃんも、きょうだいも親戚も、」


許しを請うでもなく。

縋るでもなく。

ただ事実を三ツ星に告白する。


「三ツ星も大好きでっ家族になりたかったっ」


ああ、本当に許せない。

許せない。

どうすれば許せるのだろうか。

勝手な人々を。


目の前の哀れな愛しい人を。


「…家族に、まだなりたいか…?」


試すように、高圧的に、問う。

許せてないからしょうがない。

愛しい人へ向ける態度では無いのは分かっているが、まだ、駄目だ。


「なりたい、けど…おれは三ツ星を傷付けたから…」


「俺の事は良い。本音を、言え」


怒号に近く、呪詛に相当。

そういう言葉を浴びたのに、雁やは「好きだもん、かぞく、なりたいよぉ」ひとつも怯えず素直に本音を打ち明けた。


三ツ星はゆっくり息を吐き、


「なら、なろう」


自分でも驚いていた。

こんなに簡単に許せてしまえる事に。

許せない気持ちなんて本当に抱いていたのかどうか。

今はもう、日取りやハネムーンやら頭が一杯だ。


雁やが惚けているので三ツ星は、これはいけないとばかりにちゃんと告げた。


「結婚しよう雁や」


口にしたら、失われた幸せという感覚が全身に満ちて来た。

ああやはり、自分の幸せは雁やなのだと、手を伸ばす。

触れたら最後、抱き締めていた。


「…みつぼし…えぐっ…けっこん、しますぅ…してくだしゃいぃぃ」


閉じ込めた胸の内雁やが承諾してくれたので、三ツ星は二度と離すまいと両腕に力を込めた。

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