三ツ星、訝しむ。雁や、家事をする。

「大変だったな」


「な、ホント、びっくりした」


一時間ほどで雁やはやって来た。

何も持っていなかった。

今月ぎり使えるスマホと、出勤鞄だけ無事なんだ、と雁やが笑う。

その明るい様子に三ツ星は、不幸があったというのに癒されてしまった。

なにせ雁やは居るだけで幸せの光輝を放つ。

久しぶりにそれを浴びた三ツ星は、ほぅと安堵の息を吐いた。


「あ、でも、彼女さん…大丈夫か…?」


急な気遣いに三ツ星は瞠目した。

玄関にハイヒールが揃えてあったからだろう。

リビングに通し「問題無い」いいから休めとソファへ座らせる。

確かに、疲れていたのだろう。

雁やは少し乱雑にソファに身を沈めた。


「でも、これ、同棲してるだろ?」


自分の脇に可愛いぬいぐるみを見つけ、迷惑掛けてごめんなって雁やが表情を曇らせる。

三ツ星はそこにぬいぐるみがあったのか、と今気付きお茶の準備をした。


「先日出て行った」


冷たいお茶をそう言って渡すと雁やが目を丸くした。


「えええ!?……そっか…ごめんな、こんな時に」


「いや、いいんだ。それより休め」


「うん、ありがと」


驚いたもののそれ以上追及せず、お茶と受け入れた事への感謝を口にする。

そういう雁やの反応に三ツ星は心穏やかでいられた。

誰かと共に居るのに、こんなに穏やかな気持ちなれたのは久しぶりだった。


お茶をぐびぐび飲みご馳走様をした雁やは、リビングをちょろっと見回した。


「もしかして仕事忙しいよな?」


「ああ、まあな」


「じゃあ、ちょっと片付け手伝う。三ツ星は風呂入ってこいよ」


そう言われ、確かに部屋が散らかっている事に三ツ星は今気付いた。

そしてそういう片づけを、雁やがいつもしてくれていた事を思い出した。

今改めて勝手に片づけたりしないのは、雁やがあくまで知り合いだからか。

三ツ星は胸が燻るように痛んだ。


「…もしかして風呂場汚れてる?」


風呂場の事を思っていた訳ではなかったが、言われた通りで頷く事しか出来なかった。


「じゃあ、先に風呂場掃除して来るから…風呂今日入る?」


言われれば、入りたい欲が出る。

シャワーで済ませていたけれど、風呂に浸かりたいとは何度も思っていた。

だから自然と首肯していた。

そんな三ツ星に雁やは「じゃ、待っててー」すててて、と風呂場へ飛んで行ってしまった。


数分後、雁やは「きれーにしたから入ってこーい」笑顔で戻って来てくれた。


「あ、ああ」


戸惑う三ツ星に雁やは、


「あ、飯、作ったら食べる?着替えは?準備していい?寝室きれー?掃除してもいい?」


なにも変わっていなかった。

おかしい。

こんなのは、おかしい。


「あ、いっぺんにごめ…調子のった」


えへへ、と雁やが苦笑う。

可愛いと今でも思えた。

そんな風に笑ってほしくない、とも思った。


だって雁やはもう赤の他人。

愛し合っていたけれど、別れてる。


雁やは三ツ星に言ったのだ。


別れてくれと、言ったのだ。


言われた三ツ星は嫌で嫌でたまらなかった。


けれど雁やが別れたいと言うから。


愛している雁やを困らせたくなくって三ツ星は、別れを受け入れた。


なのにこんなにもかわらないのは、納得がいかない。


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