第50話 この世界には慣れたのか
ふたりの男がいた。
上半身覆うのは肌着程度であり、筋骨隆々な身体をしている。
相撲のようにぶつかり合い、そして重心を前後させる。
格闘家だ。
「そこだ!」
「取れえー!袖を取れ袖をォ!」
それを見守るシマジや、周囲の者たちが観戦していた―――杯を片手に声をあげている。
皆すっかり、酔っぱらってしまった。
この酒場では、ショーとしてレスリングをやっていた―――いや、レスリングだろうか?
大して格闘技に詳しいわけでもないので、この世界の流行がわからない。
酒に酔ってぐったりしていたモエル。
訳も分からず出向いた、あの王城から帰ってきてからというもの、本来の調子など取り戻せず、くよくよしていた。
「もう酔ったのか、モエル?」
視線を向けるシマジ。
彼もまた、魔獣討伐に従事する者であるが、常に人懐っこい視線を持つ男だ。
この世界に来て、どこか遊び慣れている、チャラチャラしている雰囲気を出しているが、他人を跳ね返そうとするモエルとは、そこが大きく違った。
「なぁんであんなこと言ったんだろう……言っても何にも意味ないのによー」
何があったのか全く知らない異世界友人のシマジ。
この火属性男が、長くはないとはいえ次期王女と会食をしたなどとは夢にも思わない。
まあいいや、飲んでおけよと飲み物や皿をモエルの席に、寄せている。
……この世界には、慣れたのか?
「どうしたのーモエルくん」
発せられた、黄色い声で緊張したモエル。
いやなタイプの緊張だ。
女だ、知らない人間だったが、町娘だろう。
「彼がモエルだ。最近この街に来たばっかりだぜ」
「へー」
「……」
言いふらされていく―――面倒になった。
ので、席を立ちあがる。
ちらりと見たが女どもの容姿は悪くなかった。
ゆえに気分が悪いモエル……さらに悪くなる。
ああ―――まただ。
奴らは最初、それなりに笑顔でモエルに接して、好奇心の視線を向ける。
何かのきっかけで、ハシゴを外すような真似をするのだ。
とモエルはすぐに未来予知をする。
かつての経験を踏まえて、予知する余地があった。
「うううっ……!」
にぎやかな酒場だった。
酒を飲むモエルと、並ぶシマジ。あと何人かのリア充っぽい連中。
酒は美味いかどうかは、モエルにはわからない。
ただ、喉を通る瞬間は面倒ごとを忘れられた。
日々、魔獣討伐に熱中し熱闘するモエル、とりあえず何でも飲めれば、美味い。
あと、
働いて、それが辛かったとしても、終わって酒を飲む―――それこそが人生の醍醐味のようにも思えてきた。
酒を飲むために人生はあるのか。
そうかもしれない―――少なくとも、女よりはマシだ。
あとやっぱり、
「……聞いてくれ、俺は女が嫌いだ」
シマジは、首を傾げた。
何を言い出すのだ、というような困惑を表情に出す。
「それと同時にだが、女は助けないといけない、男も、弱っていたら助けないといけない。友達になれる可能性があるならなっておいた方がいいって」
そう思っていたし信じていた。
なんでかは知らない、もう思い出せないけれど……。
……女以外もだ。
性別などあるか。
弱っている人がいたら、孤立があったら……人間を助けたい……ひとりぼっちのやつがいたら可哀想だ。
人を助けたい……。
そんなこと、当り前じゃないか。
「モエルって優しーんだな」
そう言われて黙るモエル。
この世の色んなモノを馬鹿にするような笑みを浮かべている。
ふ、と言葉を発する時だけ無表情になる。
「……で……それで、いいことなんて、なかったんだ」
「……そりゃあ、まあ」
世の中そういうものなのだろう。
異世界で出来た気軽な友人は、なんと声をかけていいか迷っている様子だった。
考えすぎだよ、みたいなことをぼそりと言っただけだ。
明るい青年のように見えたが、湿っぽい一面もある。
一面どころじゃないかもしれない。
思ったよりも面倒くさい男なんだな、とシマジは火属性男のことを理解しつつあった。
この男の言動にも、アレなところはあるが。
異常性や極端さがある、暑苦しい―――いや、熱い。
モエルは言葉を紡ぐ。
「馬鹿にされることだけが、ブチ切れられる回数だけが増えて……いって、それだけだ」
あそこまで意味がないとは。
不満が徒然と溢れ出てくる。
一人で
「ま、飲んでおけよ今日は」
そうしてしばらくは、この街で過ごしていくモエルだった。
酒場だから女くらいはいる。
場所が場所だけに声の大きなものが多い。
「そーなんだぁ! でもいるいる! ホント駄目な
「やっぱりすぐキレる系? キレ方によるわよねぇ」
やかましい者共がやってきた。
集っている女たちも、見慣れない火属性男のことを気にしている。
シマジの連れということで、親しくなる気はあるようだ。
モエルは目も合わせないが。
酒にやられ、テーブルに頬を乗せている。
「女が言う女の悪口、無理……」
「おお? お前も言っていた気がするけどな、モエル」
「俺はいいんだよ!」
理由がちゃんとあるんだからな!
そしてひどいこと―――いや、攻撃をされたからな!
「なあんだよそれ」
モエルの周囲は笑いに包まれる。
シマジは微笑む。
モエルと親しくなりたい女なんて、いるぜ、いるだろう。
ただそれがきっと全員じゃないというだけで。
仲間になりたい、誰でもいいというわけではない。
何人か、そのうち。
どよ、と困惑の歓声が上がる。
格闘技を見て盛り上がったわけではないらしい―――シマジがふっと見る。
別のテーブルの者たちが話していたのだ。
「……船が沈んだ?」
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