第51話 グスロット一級牢獄


 一定の間隔で、鉄の棒が並んでいた。

 その牢獄のいちばんの奥地は重罪人を閉じ込める区間だである。

 ひたすらに石と土のにおいが立ち込めていた―――。


 牢の番の衛兵は、槍で床石を今一度、鳴らす。

 決して身分が高いとは言えない自分が、他者にマウントを取れることだけが誇りである。

 薄暗い中ではギルドとのかかわりを絶たれたギルド商人、ロヴローがただ黙っている。

 牢の前の、衛兵だけが言葉を紡ぐ


「この場所は重罪人を入れるためのものだ」


 返事はない。


「貴様はギルドを私腹を肥やすためだけに利用した。……それだけならばこんなところにまで入れられなかっただろうが、まさか勇者のいた『伝説』とは」


 ロヴローは投獄された。

 より正確に言うなら投獄前提の拘束だ。


 彼にとって、大きな誤算はミキの存在だった。

 あの娘が単なる、剣術に秀でた生意気な新入りである―――という認識が無ければ。

 ミキの出自が正確にわかっていれば、単なる一ギルドの問題で済んだ矢も知れない。

 いや、しかし、ミキがいてもいなくても、いずれは独房ここにたどり着いたはずだ。

 怒れる多くの民衆を生み出したのは彼なのだから。。


「勇者への背信行為は、死刑を上回る重罪だぞ―――勇者と親交が厚かった現国王らも、敵に回す―――ということだ」


 そうだ。

 だからこそ困惑はあった。

 罪人や、残酷な悪党など無数にいる、だが。

 この男のような地位にいれば、地位も名誉も安泰、『伝説の芳香』を維持しているだけで、王家御用達の商人ということになる。

 お墨付きどころか、実際に勇者本人が所属していた古巣だ。


 衛兵もまた、国にとって欠かせない地位にまで身を起こしたかった。

 それがなぜ、そんな馬鹿なことをしたのか。

 経営、運営が苦しい?

 確かに時代は流れて様子も変わっただろうが、詳しいことはわからない。


 ロヴローというその罪人は朴訥ぼくとつとした身なりをしている……、ここに来たものは皆同様の衣服を与えられる。

 いくら金を弱者から巻き上げた者とて、ここにたどり着けば同じことだ。

 すべて同じ姿。

 無一文に戻るのだ。


 ここに来るのは、派手な罪を犯した者。

 富を為したものも多い。

 衛兵は嘆息する。

 罪によって頭角を現したわけである。


 この牢獄では多くがひどく取り乱した行動に出る。

 長い間泣いたり。

 結局のところ、弱くなる……いや、持っていた弱さが現れるのか。


「貴様のギルドに、勇者がいたというのは本当だという話だ……、それが何故こんなことになった」


 眼の前の悪人をとがめる衛兵。

 馬鹿なことをした、成金。

 周りからは多少の噂話を聞いたのだが、なんとも不思議な経歴であった。


「何故勇者を裏切るような真似をした」


「裏切る……か……くくく」


 ひげを蓄えた男が、やっと口を開いた。

牢内の寝所上で震えて、笑んでいる。


「ふん……なるほど気がれているか」

 

 悪事を働き、後悔はないようだ。

 だが……気分が悪くなる。

 どのような強がりを言っていようが、牢屋にたどり着いた以上、どうしようもない。


「気のいい奴などおらんだろうよ、罪人に」


 ロヴローは興味もなさそうに呟く。

 衛兵の顔を一度も見ないままに。

 不機嫌になる衛兵。


 正論を言う罪人、なんとも奇怪な、意味不明な存在。

 そもそもに、自分を見下してふざけているのだ。

 金を持った人間など、全員がそうなのだ。

 自分を見下している―――いや、グスロットに住む民草たみくさすべてを、だ。

 真面まともな人間と見なしていない。


 まあ―――何のことはない。

 賠償金を払い、王都に忠誠を誓わないならば、この牢獄から出られるわけはないのだ。

 のちに愚図ぐずるだろう。


 王都の大監獄は国の中でも最大級だ。

 多くは地下深くか、高層階などにあった脱獄困難なもの……。

 だが、それ以外のものも作られた。


「すべては魔導具のおかげだ……装備がないものではとても脱出できない」


 それらは別名、魔導式牢獄とも言われている―――激動の、勇者がいた時代に生まれた者だった。

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