第36話 闇夜の遭遇、土厳塁根3
―――なんだ、この人間は。
火属性。
魔法の発動速度の速さから見て、
反射運動的に火炎を投げてくる人間。
異常性はある―――少なからずレアな外敵である。
弱い、とまでは言えない。
しかし目の前の男の幼さに、安全性を感じる。
年齢に関してではない、———知識が幼いのだ。
自分を知らない、魔獣を知らない。
それがほぼすべての動きからわかる。
人間の
それをより、大きくしている……。
眩しさが無視できないレベルになった。
今までの全てが
怖いわけじゃあない、———うぜぇ。
シンプルに。
本能、衝動で感じるままに生きる魔獣は、腕を高く掲げる。
―――掃うか。
木の肌なこともあり、船の甲板かと、見紛うサイズの腕。
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「ぐううう!」
台風上陸の日に吹っ飛んできたように、迫ってきたそれ。
その腕を避ける。
腕なのか―――街路樹が助走つけて走ってきたみたいな絵面だった。
だが避けきって。
持ったままだった火球を振りかぶる。
熱風で髪がざわつく感触のあと。
「
一瞬だが人体よりも膨らんだ光が、巨大な木の壁に向かって飛んでいく。
ど真ん中、胴体に直撃の火球だった。
当てる場所はそれでいいだろう―――端っこを狙って完全回避されたらただの馬鹿だしな。
しばし、森が明るくなる。
一瞬だが昼間のように明るくなり、そして、それだけだった。
奴が再びに、歩みを始める。
「くっ……!」
効かねえ、効いていない―――。
モエルはあとずさり、木の陰に向かって飛ぶ。
次に衝撃が迫ってきた。
この巨大な―――おそらくは、
「
間一髪で大木を避けるモエル。
そして、かすった、足の脛部分に!
痛みを感じたが、防具の足部分が当たっただけだ、問題ない―――。
その時だ、尻もちをついていたモエルの前に、現れる女。
ミナモは手を差し出した。
「———さあ!」
急かすように、睨みつけるミナモ。
逃げるよ、っていうことか―――視線で察しがついた理解した、モエル。
いまだこの巨大な敵との戦いで結果を出していない火属性男は、喉を鳴らして唸った。
しかし巨大魔獣にダメージがあまりないことには気づいていたので立ち上がる。
認めざるを得ない。
闘いになっていない。
ミナモに向かって感情が沸き上がる―――ほぼ怒りしかない。
「お前、嘘つきかよミナモ! なんだよ、炎が効くんだろ!?」
「……っ。何で戦うんだい!」
ミナモも思わず、声を荒げた。
モエルの行動原理がわからない
彼は目をぱちくりさせながら、それでも口走る。
「魔獣だろ……あと、まだやれる、戦えるし、俺」
逃げるしかないモエル。
だがミナモに対して不満はある。火属性が有効という話はどこに行ったんだ。
そこまでウソつきなのか?
お前は、女は。
まあ知り合って間もない情報源を聞いて、戦地に向かった俺だ―――このような目にあうのは仕方ないとは思うが。
全員、確かに魔獣討伐をやっている男だったはずだ。
防具を身に着けていた。
だが動物が火を恐れるのは、正解じゃあないか?
完全に常識じゃあないか。
どういうことだ……?
ええい、だがここは異世界だった。
今戦っているのは動物じゃあない、恐ろしい魔獣だ。
ここまで現実を見せられてしまうとゼロから考え直さなければならない。
防具が弱いのか?
それはまあ確実だろう。
そして、しかし攻撃も通らない。
「く……! 効いていなかった……!」
俺が弱いってことか……。
畜生、だが次は勝つ!
二人で木の影をすり抜けるように書ける、駆けていく―――大型魔獣の視界は切れるはずだ。
巨大魔獣に立ち向かえなどとは、一言も言っていないミナモである。
そもそも正式に依頼もされていないことだし、ここで運よく巨大魔獣を倒せたところで報酬ももらえない可能性が大である。
二人して退避の道のり。
何か、ガラスを踏んだような音がして、モエルは地面を振り返る。
それは、砕けたモエルの脚防具だった。
さっきの、直撃は避けられたあの土厳塁根の攻撃で、だ。
ミナモに手を引かれつつ、しばし茫然。
目くらませ位程度の役割しか果たさなかったらしい、モエルの渾身の一撃。
「通用しない……?」
モエルは霧の中で蠢く、あの巨大魔獣を眺めつつ離れて行った。
霧———?
いつの間にか、としか言いようがないが山に架かる雲のような白いものがある。
それが濃くなっていた。
運がいいのだろうか、奴から退避しやすい状況が整っているのだ。
ミナモの背中を見ながら走る。
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霧―――霧の中を進むモエルとミナモ。
深い霧のなか、というよりはうっすらしたものだった。
沈黙のままに、ただ手を引かれていく火属性男。
ミナモは特別足が速いというわけではなかったが、それでも引っ張られるような印象があったのは、モエルが後悔の中にいた。
後ろ髪惹かれる心境である。
身体というか心が立ち止まっていた。
その存在に対してまるで通用しないのか、炎が。
奥が深い、というべきなのかもしれないが。
白い霧に囲まれてる、それを腕で肩で、裂くように進んでいく。
絵になる光景かとも感じたが、このぶんでは五メートル先からでも見えないだろう。
巨大魔獣を振り切った―――離れて、そして樹が一本、倒れようとも被害の全くない位置に身を潜めた。
姿勢を低くしたまま―――ミナモが向きなおる。
モエルを見つめていた。
「ミナ……モ……」
周りを見回すモエルに、言いたいことを察したらしいミナモ。
「視界を悪くした―――! これでいい、たぶん、ひとまずだけどね」
いつものように穏やかでアクセントなめらかな口調だった。
だが心なしか真剣み、感じられる。
モエルは発言の意味を正確には理解できないまでも、ミナモが何かしていることは明白だった。
また、樹が一本倒れていく、大きな綱が引き裂かれていくような、めりめりという音が森に響いた。
工事現場のような―――いや、異なるかもしれないが。
緊張感のある音が続く。
やつはまだ暴れていて、俺のことを探しているのか。
あるいはただ何となく暴走し、別方向に行くのやも知れないが。
音しか聞こえなくなった。
どちらにせよ、人間ではないものの行動だ―――野生だ。視界の外で動き続けているというだけで、読めない。
「モエルくん……」
言葉を多くはしなかったが、どうやらミナモは真剣らしい。
戦うのをやめてくれ、やめろ。
視線だけでわかる。
モエルは歯噛みする。
渾身の一撃が通用しなかった。
ただの的———そのように見えた、直撃はした。
異世界に来る前の、あのおっさんの
「あいつ……放っておいていいのかよ」
音のする、地響きのする方向をちらりと見るモエル。
「街に近い位置に出たことは間違いない……でも、キミじゃなくていいんだよ」
「だからァ……!いずれは地の果ての人が倒すんだろう! 俺が! 俺みたいなやつが」
自分がやらなくてどうするんだよ……?
ミナモが真剣なら、モエルの困惑も真剣だ。
火属性の能力がある。
なるほどあの巨大魔獣には、敵わないかもしれない、だが町から追い払うか、それに似た―――威嚇のようなことをする。
それは可能だろう。
ミナモはしばらく黙ったが、返答した。
このまま、奴の攻撃を回避するというか、それ以前にリーチに入らないで様子を見ること自体は容易である。ただ下手に刺激したらどうなるかわからない(主にモエルが)。
ミナモにも、最適解が出せないと見たモエルだった。
モエルの考えでは、放っておくと危険が自分たちではなく街のほう―――王都の近くの人々であるという感覚だった。
一般人をも危険に晒す。
長くこの地方にいるミナモには、もちろんその見解が間違っていることがわかっているが。
「被害は出ないと思っていいのかよ」
「それは!……大丈夫だよ、百パーセントだ」
それを聞いて、やっと身体から、心から力を抜いたモエルだった。
しかし本当の現実を、すぐさま思い知らされることとなった。
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