第25話 勇者伝説


 ミキは建物の影から、大通りの様子をうかがっていた。

 フードを被り、顔も表情も隠している状態で待機する。

 待機―――そう、時を待っている。チャンスを待っている。

 

 モエルのことはミナモに任せている―――何とか移動させてくれている最中だろう。

 しかしながら、あれが普通に移動されているのか、そんな簡単なものなのか判断がつかなかったが。

 ギルドの追手から逃げられたことは幸いで、それを成し遂げるために加担したあの不愉快な男、モエルには感謝すべきか。

 そういう見方もあるのかもしれないが……。

 あの野郎、短所が強すぎる。クセも強すぎる。

 逃亡、逃亡劇に置いてあの目立ちっぷりはリスク高い。


 ただ、このギルドを相手取るにあたって、敵の本命はあくまでも自分であることを理解している―――ギルド内部にいて、現在の組織事情を理解しているのは、自分だけだからである。

 ミナモはフォローに回ってくれただけの友……流石に無理を言ってしまったという想いはある。

 モエルのことは知られただろうが、正体不明の扱いだと予想できる。

 共に行動した自分でさえ、あのよくわからない男のことを、よくわかっていないからだ。

 

 だがとにかくいま躱すべきは、伝説の芳香。


「やはりこの辺りを張っていたわね……!」


 大通りには、周囲を見回している一般人を数人見つけた。

 いえ……一般人には見せているけれど。


「ギルドの手の者ってことね……」


 流石に一昨日の、馬車を急停止させた連中ではない、別人がやってきたけれど、同業者の動作は感じ取れる。

 この街の衛兵ではないだろうに、真剣な眼をして見回している。

 剣を携帯している可能性は高い。

 彼らは組織の命で、王城前に続くこの通りを見晴らされているのだ。


 ミキはそれに背を向けて、狭い通りを足早に歩いていく。

 馬車も通れない道にたどり着き、そこも抜けると、木々が並んだ庭が見えてくる。

 装飾された鉄格子のような柵がずっと続いていた。

 厳重な警備があることを、ミキは知っている―――だがその柵、少し低い部分があり、よく使のである———彼女に会うために。


 周囲に人がいないことを確かめると、ミキは剣をわずかに抜いた。

 日光を受けている白い刀身。

 それを半分だけ外気にさらしている。

 モエルはまだ知らないはずだが、通常の剣ではなかった。 

 一応、そのくくりは魔導具ということになる。


「———『空色』そらいろ


 ミキの言葉に剣は反応光で応える。

 女剣士は跳躍し、同時に風が吹き荒れて柵の真上を抜けるよう、彼女を運んだ。



 ――――――――――――――――――—————————————————————————————————————————





 その昔。

 魔王が世界をおびやかした時代がありました。

 森から山から、洞穴から。

 ついにあふれ出してしまったとでもいうように、人里になだれ込んでくる―――それは立派な塀に囲まれた王都でも例外ではありません。

 街に、たくさんの魔獣が攻めてきました―――。



 人びとはとても困ってしまいました。

 それまでも、魔獣の力は強大で人々を困らせていたのです。

 軍隊は武器を手に取り、勇ましく戦いましたが、身の丈を超える大きさが相手では敵いません。

 魔導士も協力して、なんとか街を守りつづける日々が続いていました。


 空に竜が舞いました。

 魔獣は増え続け、仲間の亜人たちも引き連れてきたのです。

 亜人は人に似た姿をしていますが、心は魔獣と同じです。



 ついに王女は、古くから伝わる国の魔法を使うことに決めました。

 救ってくれる英雄を。

 勇者を、地の果てから転移させるのです。

 呼び寄せるのです。

 王女は民のために生命力を犠牲にして、転移の儀式を行ないました。

 そのため彼女は、自分一人では歩けない身体になってしまいました。


 勇者は使命を帯びて、民衆を守るため立ち上がりました。

 同じく、遥か地の果てからやってきた何人かの仲間とともに、協力して旅をつづけたのです―――。


 地の果てから呼び出された者たちはとても強力な力を持ちます。

 炎使いは、竜を追い払うほどの火炎を生み出しました。

 水使いは、川を渡っている魔獣をすべて押し流し。

 雷使いは、どんな巨体でも痺れさせ、動きを封じてしまいました。

 たくさんの仲間が、彼に集いました。


 勇者は聖剣をふるい、強力な魔獣を次々に倒し。

 街の人々に笑顔を取り戻しました。


 これに怒った魔王は、勇者との対決を要求しました。

 魔獣を統べる支配者です。

 勇者はそれに受けて立ち、魔王城へ乗り込みます。

 勇ましく戦いました。


 はげしい戦いの末、魔王はついに聖剣の力に敗れました。

 しかし、全ての力を使い果たした勇者も、力尽きてしまいます。

 国の人びとが幸せに暮らせますように、というのが、彼の最後の言葉でした。

 この世界に平和が訪れることを願って、息を引き取ったのです。


 魔獣は空や大地から浄化され、人々の暮らしは、徐々にもとの平穏なものに戻っていきます。

 国のみんなは勇者の死を悲しみました。

 そして、悲しむだけではありません。

 彼の栄誉を称えることを忘れず、幸せに暮らしました。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「以上が―――この国に伝わる『勇者伝説』となります。 ……王都の民は伝説と呼んでいますが、ほんの二十年ほど前の出来事なのです」


 教壇で、良く通る声を披露した講師が言った。

 この広間には机が並んでおり、学校の授業光景のごとく、モエルもまた席に座って話を聞いていた。

『第一世界講習会』。

 それはこの世界のことを学ぶ場だった。





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