第24話 王都グスロット

 まずモエルの目に入ったのは、複数の塔だった。次いで、頑丈そうな城壁が眼前に現れる。

 最初にモエルたちが訪れたあの町———リンジガよりはグレードが高いのだろう。

 町に着く前から、荘厳な雰囲気を纏っている。

 おそらく円形に城壁で囲まれたその街は、王都グスロット。


「王女がいるのよ」


 馬車の荷物と同化するようにおとなしい、ミキがぼそりと言った。


「へええ……ま、まあ王都って言うくらいだからいるんだろうなあ……」


 モエルはその街の設備を食い入るように見る。

 風景というか施設建物、全体を舐めるように見る―――そわそわと落ち着かない。

 城門をくぐるとき、視界の真上に並ぶ石を食い入るように見上げていた。

 うおお、こんな設備が、人の手で……完全に作ってあるんだな。

 クレーン車とか無しにして。


「モエル! ……あまりキョロキョロしないでよ」


 おぉ、そ、そうだな……。

 少しばかり、動きをおとなしくするモエルだった。

 城壁城塞、底が見えないほどふかい堀などを見た―――。

 まあ、中世の城としてはありうる設備ではあるのだろうが、全てが新鮮だ。

 ただ情勢というか空気的には、対人間の兵士ではなく、魔獣の群れに対抗するための設備であるらしい。

 実際に撃退できたこともあるそうな。


 全部ではないが、グスロットにたどり着く前にミナモが解説してくれた。

 もちろん、なんでも聞くな、べらべら喋ってるんじゃないと言いたげな女剣士も隣にいたけれど、ミナモの方は本当に話が好きらしい。

 まあ商人だから、そういうスキルも必要なのだろう。

 毎日喋るしかないからねえ、と彼女は答えた。


 ところどころで、なんとしても話したいというような、必死さすら感じたのが妙だった。

 まあ俺が無勉強で、その王様がいるという街にたどり着くのもよくないと判断したんだろう。


 この世界では国の人間同士の争いよりも、さまざまな魔獣にいかに対抗するか、という

 人間は、国レベルというか、かなり領土は離れているものの、明確な亜人種———人類ではない存在もすんでいるという。



「坂が多いな」

 

 というか、街は全体がおおまかな小山のようになっていて、頂上付近が王城である。

 それに、町の複数の場所に塔が立っていことで、全体的に上に伸びている感じ。

 現代日本の電波塔に似てはいたが、あれも魔獣対策や、魔導士が使うそうだ。

 勇者と魔王が戦っていた時代にあった、戦闘用の設備か……。



 ミナモは、この街が危ういと―――襲撃される恐れはあるという話をした。

 魔獣に今は攻撃されていないこの町、それでもまたいつか、危機は訪れる。

 現代社会にはない存在が溢れている。

 ただ、街を見る限り、当然様々な食料品店、ド派手な衣服防具。

 あとは魔獣関連のモノも店頭に並んでいるようだった。

 ただの敵である、と思っていたモエルだが、話はシンプルではないらしい。

 魔獣は、この街の人々のモノのようになっているというか……自然に暮らしに馴染んでいるようだ。 


 そんなこんなで、モエルたち一行は目的の場所に近づいていく。

 行くらしい……モエルは運ばれるのみだけれど。

 当然のごとく東も西もわからない。

 スマホを見ても位置情報は映らない。

 ここで、女剣士ミキが口を開く。


「私はちょっとリイネと話があるから、ふたりは先に行ってて」


「ん?」


 言われたモエルは戸惑った。

 何の言葉だ、初めて出てきたような気がするけれど。

 説明はいちいちしないが、ミキ、ミナモが知らない単語を口にすることは道中、たびたびあった。

 弾空狼だんくうろうなど、魔獣の名前などもそうだ。

 この世界に詳しくないモエルにとっては、知らない単語が多いことは仕方ないことだ。

 これからも覚えないといけないことはあるのだろうし、いちいち不快感など覚えないモエルだ。

 気にするべきか気にしないべきかはわからない。


「ミキの友達だよ」


 ミナモがさらっと注釈した。

 人と会って話す用事だそうな。

 ああ―――、ギルドから逃げるためのアレの、一貫か。

 なんだ、そういうことか―――オーケーオーケー、好きにしなさい。


「俺が口出ししても別になんにもならんな。 会うなら、まあ勝手にしてもらってもいいけれど」


 遊んできなさい、あまり遠くまで行かないようにね。

 ……なぜ俺が休日でのお父さんかお母さん的な台詞を言うことになっているのだ、むず痒いなあ。


 モエルは、この世界の勝手がわからぬ。

 そのため一人になると咄嗟のトラブルに対応できない。

 つまりは最も子供なのはこの火属性男なのだが。


 まあ王都とは言え、見ている限りは普通の、大きな町である。

 庶民が非常にたくさんいるのだろう。

 日本にいた頃にも、都会に旅立った時はあったが、ここまで石に溢れた街並みは見たことがない。

 おもに建物的な意味で。

 家がカラフルにハイカラで、壁に真っ赤な石がついていたりもする。

 はっきりとポスターカラーを塗ってみました、みたいなカラーリングだ。


 まてよ、人が多いということは。

 あのギルドのメンバーも、ならいてもおかしくないじゃあないか。

 だがしばらく見つめていても、ミナモには慌てているそぶりは見えない。

 ミキは一人で降りて行ったわけだから―――あの女が一番危ないって理屈ワケだろ?

 もう大丈夫なのか。


「んんー? 大丈夫さ、どうもこうもないよ……ミキは強いし」


 ミナモが馬の操縦(?)をしながら世間話のように言った。

 まあそれは俺も、女剣士に対してそう思いはしたけれど。

 魔獣の撃退も、俺は炎の能力でやり遂げたところ、反対側を見ていたあいつは剣術だけでやりきったらしい。

 陽が出ている間ずうっと馬を走らせ、キズ一つでも負った様子はない。


「まあ……そう言うんならいいけどさ……」


 モエルは建物を見上げた。

 アレ?

 なんだ俺、どうしたんだ俺。

 自問自答を始める。

 もしかしてだけれど、助けた方がいいとか思っちまったのか?

 女を。

 独りを。


 学習しないなモエルよ、……手を出したらどうなるよ。

 出してみましょうよ。

 仮にうまい具合に戦闘フォローする展開になったとしても、ありがとうとか口にするタイプに見えたかよ、あの不愛想が。


 意地でも頭を下げない高飛車タイプの女、そのものだったじゃねえかよ。

 さっきまで馬車に乗ってたけど、つまり飛車だと思ってんだよ、自分のことを。

 特別性だと思っているんだ、そういう女は実在する。

 ビシャってんだよ、存在が。

 そのうち流行りそうだぜそういうワード。

 自分プロ棋士ですけれど?……みたいな表情カオしてたじゃねえかよ。


 モエルは妄想をたくましくする。

 自分でも何を考えているのか、コントロールできてないという感触はあった。

 プロ棋士の表情ってどんなだよ。

 あまり知らないモエルだった。

 だがそれでやめようという発想には至らない。


 そうだ、女剣士っていうか、いっそのこと騎士っぽかったぜ。

 剣しか信じてなさそうな。

 そうするとプライド高い、もう絵にかいた描いたような傲慢女。

 助けて一円でも貰えるとか想像してるのかよ、もしくは?

 ―――違っただろ?

 ちなみにここでは円は使えないだろう、財布持ってきてない。

 日本ではそうだっただろ。

 下賤な輩め!余計なことをするな!とか力いっぱい叫びそうだぜ、目に浮かぶわ。


 モエルは半ばPTSDっぽく妄想していた。

 そうこうしていると、ミナモの輸送により、とある建物の前にたどり着く。

 馬を降りたら、すこし地面が揺れている感じがする。

 馬車歴は人生で二日のモエルである。


「ここで手続きを踏めばね……モエルくんも、一緒に来て」


 ミナモがモエルの外套を握って、歩き出した。

 モエルは眉を曲げて驚いたが、そのまま流されるように建物に侵入する。

 

余所者よそものの、地の果ての人……その他目に定められた、これが王都のルールさ」


 扉は開け放たれていた。

 サイズ感でいえば、学校の体育館を思わせる木造建築物。

 木造か石造ばかりだ、コンクリート施工はまるでないな。

 大勢の人間が出入りしている集会所と言ったところだ。

 けっこう、堂々とした場所だな、隠れなくていいのか。

 

「『第一世界講習会』……?」


 モエルは一番大きく書かれたであろう看板を、読み上げる。

 文字は読むことが出来る。

 さて、しかし、意味が読み取れるとは限らない。

 まあ講習会は講習会なのだろうが。


 ミナモは知り合いだと思われる人物を見つけると、何ごとかを話した。

 双方、朗らかな笑顔だ。

 そうして、モエルは笑顔を浮かべた男性職員……のような人に案内されることとなったのだ。

 この世界のことはまだ慣れないでしょうが、協力をいたします、など挨拶もそこそこに執り行われる。

 どうやら俺の事情というかいきさつに、わかって……理解している人らしいけれど。

 ミナモとは、笑顔を浮かべてそこで別れた。


「モエルくん、ちゃんと説明を聞くんだよ~」


 ミナモが、ちびっ子たちにそうしたような保護者口調で投げかけた。

 そうして、しかし離れていく。

 ううん、わかったけれど、なにすんのここ?

 何処に連れてこられたんだ、俺は。

 今度は木の匂い溢れる建物の中、運ばれていくドナドナのモエル。



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『妄想性パーソナリティ障害』


 日常生活に支障をきたす、思考の一種。

 常に他人が自分を攻撃する、攻撃してくる、攻撃しているに違いないという思考から抜け出せない性質を持つ人々。


 騙そうとしている、陥れようとする、盗んでくる等の思考パターンがあり、それらが複合している場合が多い。

 徹底した猜疑心と、自分は間違っていないという強力な自己主張が特徴である。

 治療は専門の医師との認知行動治療などが挙げられる。

 一般に、男性の方がかかりやすいというデータがある。



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